「タビノート」下川裕治:第87回 カンボジアの空も中国か

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 この国は中国の属国ではないか……。そう思うことがある。中国の新植民地主義とは、こういうことではないか、と。
 カンボジアである。
 首都のプノンペンを歩くと、漢字の看板が嫌というほど目につく。一瞬、中華街ではないかと思うことすらある。しかし違うのは、使われている漢字。中華街は歴史があるから、多くが繁体字といわれる文字だ。台湾や香港でも使われている。現代中国は、繁体字を簡略化した簡体字を使う。その漢字ばかりだ。
 ここ10年ほどの間に急増した。プノンペンを離れ、地方に向かう。道はカンボジアとは思えないほど立派になった。この道をつくったのは中国である。道に沿って、立派な建物が出現する。ゲストハウスと英語で書かれているが、それ以外は漢字。とても旅行者がやってくるエリアには思えない。税金対策のような気がしないでもない。
 プノンペン近郊には次々に工業団地が完成しているが、多くが中国系企業の経営である。そこへ道や橋の建設も中国が行う。
 そんななか、中国はカンボジアの航空業界にも食指を動かしている。新しいシュムリアップ空港の建設が計画されているが、それも中国の資金がものをいう。
 カンボジアの航空業界は脆弱である。ナショナルフラッグすらない。国内や近隣諸国間を結ぶ航空会社が誕生しては消えていく状態が続いている。
 バンコクからプノンペンに行くために航空券を検索していた。午後1時台といういい時間帯に、JC International Airlineという航空会社が就航していた。運賃も安い。しかし聞きなれない航空会社だった。
 調べると中国だった。雲南省の景成集団がカンボジアにつくった航空会社だった。設立は2017年。まずカンボジアの国内線に就航し、いまではマカオやバンコクなどの国際線も運航させていた。
 ついにカンボジアの空も中国か。
 考えてしまった。これでようやく、安定した航空会社ができるのかもしれないが、中国なのだ。LCCではない。荷物は無料で預けることができる。
 乗ってみることにした。機材はエアバス320。機体にはカンボジア語。客室乗務員はカンボジア人だった。その日の搭乗者は200人弱だった。やはり中国人が多い。
 しかし機内は中国色。中国語の機内誌。入国カードに記入例は中国人を想定していた。飛行時間は約1時間。これでいいのだろうか……。悩みのフライトだった。


座席のカバーはこんな感じです