中国に小人の国があった!!! 特別寄稿:柳下毅一郎

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柳下毅一郎(ヤナシタキイチロウ )

翻訳家。映画評論家。殺人研究家。1963年、大阪府生まれ。東京大学工学部卒業。著書に『新世紀読書大全 書評1990-2010』(洋泉社)、『皆殺し映画通信』シリーズ(カンゼン)など。訳書にJ・G・バラード『クラッシュ』(東京創元社)、ジーン・ウルフ『ケルベロス第五の首』(国書刊行会)、アラン・ムーア&エディ・キャンベル『フロム・ヘル』(みすず書房)など。

 最初にそこのことを知ったのは、kickstarterの企画としてだった。たわむれにkickstarterでプロジェクトを検索していたときに、昆明の小人ランドを紹介するドキュメンタリー映画の企画を見つけたのだ。小人ランド! 小人だけしかいないテーマパーク、リアルオズの国! すぐに支援を申し込んだが、当然のごとくに企画は成立せず、小人ランド映画は幻と消えた。それからときおり、折に触れては思い出して検索してみるのだが、いっこうにその場所の情報はヒットしない。もうつぶれたのかな……だいたい昆明ってどこだよ! とかぼやいてたら、tabinoteの方々が教えてくれた。昆明はチベット方向への玄関口でもあるから、LCCも多く飛んでいる。香港エクスプレスを使えば香港から一万円ほどで行けるという。えーそれなら……と思ったところで、テロ事件が発生してしまったのだった。
 昆明鉄道駅での無差別テロで出鼻をくじかれてから数年、すっかり忘れそうになったころに、tabinoteのTくんから連絡があった。
「今度、昆明から大理のほうに行こうって思ってるんだけど、一緒に行かない?」
 というわけで勇躍昆明に飛んだのである。ちなみに行くとなってから昆明小矮人王国についても調べたのだが、もちろん日本語のガイドブックになど載っているはずもなく、ウェブで検索しても好事家の記事がいくつか見つかるだけで、公式サイトすら存在しない。本当に実在してるんだろうか……?

 LCCの便が変更されたので予定より大幅に遅れ、夜中に昆明長水国際空港に到着。空港から市内までは地下鉄が走っているのだが、時間が遅かったこともあり、タクシーでホテルに向かった。ホテルは実にデザイナーズホテル風のお洒落ホテルで、部屋番号のかわりに文学作品のタイトルがついているので、自分が今泊まってる部屋をなんと言えばいいのかすらわからないという始末(のちに本を見つけて、『ゴドーを待ちながら』の部屋だと判明した)。こんなお洒落ホテルであるにもかかわらずクレジットカードが使えず大パニック。どうやら中国国外で発行されたカードはダメらしい。まあ中国ではクレジットカードは全然使えず、AlipayかWepayがないとどうにもならない感じでしたね。しかたないのでATMでキャッシングして現金で支払う、という色々本末転倒な感じになってしまった。

 さて翌日、いよいよ矮人王国へ向かう。バスを乗り継いだりして行く方法もあるようだが、ここはタクシーで。昆明市は大きな湖に沿って広がっているのだが、小矮人王国は湖をはさんで市街と反対側に位置する。なので車でも湖をぐるりとまわって一時間半ほど、運賃も五百元弱かかるちょっとした遠征になってしまった。ところで小矮人王国、単に湖の反対側というだけでなく、山の上でもあり、ほとんど車など通らない場所なので、車で行く場合はタクシーに待っていてもらうなり迎えに来てもらうなりアレンジしておくべきである。

 登っていくにつれ徐々に山上におとぎの城のような城塞が見えてくる。これこそが〈世界胡蝶園・小人国〉である。「蝶園の一画に“小人ランド”がある」みたいなかたちで紹介されていることが多いのだが、行ってみて確信した。それは単なるダミーである。どうやら最初から小人ランドを作るつもりだったのだが、それだけだとちょっと露骨すぎるかなあ……ということでその手前に世界の蝶を紹介する蝶園を作ったということらしい。

ちなみにあとで紹介するが小人国のストーリーにも胡蝶園はしっかり組み込まれていた。入場するとまず待っているのは蝶の標本が壁に貼り付けられた巨大ルーム。続いて美しい花が咲きみだれ蝶が舞う常夏の楽園(……をイメージしたらしき温室)に出る。実際にはまばらな花の前で、ここで育てているらしき蝶を籠からおっさんが放つさまをみんなでiPhoneで撮影するという夢の国と言うよりは場末の遊園地的スペース。そこを抜けた先に待っていたのはメルヘンなお城であった。

 おとぎの国のお城をイメージしたと思われる、小さなキノコのようなモルタル作りの城がひょこひょこと並んでいる。立ち入り禁止と書いてあるが、もとより普通サイズの人間が入れるサイズではない。小人たちのためのお城である。いやー気分が高まってまいりました!
 お城ゾーンを通り過ぎた先にすり鉢状の小さな広場があり、そこが小人王国の中心地である。ベンチが並べてあって、まわりには食事や土産物屋の店が並んでいる。Tシャツ屋をはじめ、そこここにぶらぶらしている小人たち。ついに来た。小人王国は本当にあったのだ!

 小矮人王国は二〇〇九年に建国された。中国全土から集められた小人たちは王国内にある宿舎で生活し、一日二回の公演をこなしているという。仕事は二度の公演だけ、とは言っても人里離れた王国ではロクに娯楽もないので、小人も売店でぶらぶら遊んでいたりする。あからさまに差別的な見世物については中国内でもやはり多くの異論があるようだが、当の小人たちは「仕事がもらえるんだから」とポジティブにとらえている様子だった。それにしてもいちゃいちゃデートしている小人と並んで昼飯を食べるというのはなかなか得がたい経験であった。

 Tシャツ屋でプリントTシャツを作ったり(小人と一緒に撮った写真をプリントしてTシャツにしてくれるのでどこにも着ていけない奇跡の一枚がおみやげに)、球形のケージの中をバイクが走るスタントを見たりして時間をつぶしていると、いよいよ公演の時間になった。みな広場に集まってくる。

 まずは大きな液晶スクリーンにCGアニメが写しだされ、小矮人王国の由来が語られる。ある日、野原でうつらうつらとしていると、蝶の姿をした美しい妖精があらわれて山の奥に隠れる桃源郷へといざなう。それこそが小人たちの王国であった。小人国は悪鬼の侵略を受けるが、恐竜軍団の力を借りて撃退し、歌と笑いに満ちあふれる小人王国を築きあげたのであった。恐竜軍団って何かと思ったが、現在恐竜国が建設中らしかったので、近々胡蝶園とならぶ目玉になるのかもしれない。そんなわけで小人王国の戦勝式典が開かれる! となるとスクリーンがぱっくりふたつに割れ、ひな壇にコスプレした小人たちが「カルミナ・ブラーナ」に合わせてぞろぞろと登場する。司会をつとめる男女二人の小人が、おそらくは王国内での役職を読み上げてくれる。最後に小人国の王様が堂々の登場で大喝采。総勢五十人の小人が並んでポーズを決めてくれて大興奮である。

 続いてはカラオケショー。ここらへんになると、もはや小人王国の設定がどこまで意味があるのかよくわからない。男女別数人のグループに分かれて登場、歌に合わせて踊ってくれる。客席から近いところで踊るので、こちらのほうがありがたかった。ここで気づいたことがある。小人にもいろんな種類がある。頭が大きく、体全体のプロポーションが狂ったタイプだけでなく、プロポーションそのままに全体が小さい人もいるのだ。とりわけ女性にはそういうタイプが多いようで、女性グループの踊りはほとんどジュニア・アイドルでも見ているかのようだった。かくして一同で「あの娘なら推せる」と大騒ぎ。しまいに20元なりのチップを払って花をプレゼントしてみたりなんかして。いや、実に一生分の小人を見た思いであった。

 気になったのが舞台脇に立っている警備員。やはり小人ショーに興奮して抱きついたりするファンがいるのか? と思っていたが、途中で我々に注意をうながして席を立たせる。何かと思ったら頭上をワイヤーが走っており、その上を綱渡り芸人が渡るというのだ。命綱も網もない危険きわまりない綱渡り。落ちたらこっちが危ない、というので落下するかもしれない場所から人を立ち退かせるのである。まさか演者でなく観客を守るための警備員だったとは。ちなみにその中国きっての名手らしき綱渡り芸人、ロープの上で止まったり寝たりのみならず、なんと走るという荒技を見せてこちらの肝を冷やしてくれたのだった。

 その夜は昆明名物というキノコ料理で〆ることにして、菌王松茸園なる有名店に行く。ここ、毎朝取ってきたというキノコがずらりと棚に並び、好きなものを選んで鍋にぶちこむという菌類パラダイス。松茸だトリュフだアミガサダケだとむさぼり食っていたらすっかりいい気分になってきた。これはひょっとしてキノコのせいなのか、目の前に小さな人が歩いてはいまいか。そうかこれが胡蝶の夢ということか。あの小人パラダイスはあるいはキノコが見せてくれた一夜の夢だったのかもしれないなあ。