柳下毅一郎(やなした・きいちろう)
1963年大阪府生まれ。英米文学翻訳家・映画評論家。多摩美術大学講師。訳書にR・A・ラファティ『第四の館』(国書刊行会)、アラン・ムーア/J・H・ウィリアムズIII『プロメテア 1』(小学館集英社プロダクション)など。著書に『新世紀読書大全』(洋泉社)、『皆殺し映画通信』(カンゼン)など。編書に『女優林由美香』(洋泉社)など。
柳下毅一郎のアウト・オブ・ディス・ワールド 第3回
注:以下の記述はすべてフィクションであり、現実の出来事とは一切関係ありません。
もちろんそんなことばかりしていたわけじゃない。judgeの本分を忘れずに、決めるときには決めないと。Cannabis Cupのパンフレットにはコンテスト参加店26店のマップがあり、それを片手にバーホップできる。参加店でJudgeパスを見せると、たいていはJudge向けのお勧め銘柄一パックを10ユーロくらいで売ってくれる。とりあえず前年優勝から押さえるか……とGreenhouseへ。Greenhouseは種屋でもあるので、いわばcannabis cupは自社製品の見本市、当然採算度外視で強力なのが来る。市内にはいくつも店舗があるのだが、参加店舗は一店だけ。HaarlemerstraatにあるGreenhouse Unitedだ。ちなみにこのHaalemerstraatは中央駅からほど近いが、ヘッドショップとコーヒーショップが並ぶラリパッパ通りとして有名である。同じ通りにインディペンデント店だが評判のいいBarney’sもあるので、ハシゴで回ろうという計画。ところでアムステルダムのコーヒーショップって基本的には自分のところで栽培してるわけで、言ってみれば一種の造り酒屋のようなものなのかもしれない。ということはCannabis Cupは造り酒屋の利き酒コンテストか。で、利き酒のときは普通一口含んだら捨てるよね? 一杯ずつ飲みほしてたらどうなるかって……
さてGreenhouseはさすがにナンバー1の人気店だけあって、Judgeのパスを見せると25ユーロでJudge向け特別パッケージをくれる。中身はお勧め銘柄一袋のほかにハシッシ、ライター、グラインダー、キャップなどお役立ちのグッズあれこれが詰まっている。で、混雑している店にこれどーんと決めるでしょ。これが効く。さすが去年のチャンピオン。いい気分になったところでじゃあ次へ……次へ……次へ……
……すいません酔ったんでここでリタイア。
というわけでBarney’sにはたどりつけずじまい。このときはさすがに30分ほどは店から立てずに呆然としていた。店から出ると(外は寒いので)一時的に正気に帰るのだが、すぐまたいい気分に。で、いい気分になって何をするかというとステーキハウスに行くのである。なぜかコーヒーショップの近くに安いステーキの店があるなあ、と思っていたのだが、これって酔っぱらったあとラーメン食べたくなるようなものなのだろうか。まあ何を食ってもうまいんだけど、わりと脂っこいものが食べたくなるのもラーメンに近いような気がする。
The Bulldog 最古のコーヒーショップのひとつだが、最近は商業主義と観光客向けが著しいとあまり評判よろしくない
ぼくはどうもいい気分になると芸術鑑賞をしたくなる癖がある。アムステルダム国立美術館に出かけてゴッホのぐるぐるした奴を見るのもいいかな、と思ったんだけど、考えてみれば映画博物館に行っていなかった。アムステルダムの映画博物館EYEは2012年にオープンしたばかり(以前は博物館地区に立つ古い建物に入っていた)。海に面して全面ガラス張りの素晴らしいカフェがある現代建築である。アムステルダム中央駅のすぐ裏から無料のフェリーで渡ることができる。中にはシアター、カフェ、それに映画関係の展示があるギャラリー。今回展示されていたのは英国の映像作家Anthony McCallのsolid light filmという実験映像である。Solid Light=単色光映画とは何かというと、真っ暗な画面に白い光点がゆっくりと動き、線を描いていく。そういうミニマルな映画。その映像が真っ暗なギャラリーの中に投写されているという。闇の中に突っ立って、ゆっくりと伸びてゆく白線を眺めるだけなのだが、これがものすごく面白いのだ! 重なり合った白線が平面から奥行きを持つ空間に変容していくさまがたまらなく興味深く、ひたすら見つめていたら時間がたっていた。世界広しといえども、こんな映画をこれほど魅惑的に見せてくれるのはアムステルダムだけだろう。
そんなわけで起きるとコーヒーショップに行き、決めると町をぶらぶら歩き、覚めてきたらまたコーヒーショップというくりかえしで時間が過ぎてゆく。どこを切り取っても絵になるアムステルダムの街。だがこちらは二十四時間いい気分だ。三日目くらいにはJudgeパスで購入したパックが余りまくっているので、もうコーヒーショップに入っても新しいのを買うでなく、オレンジジュース飲みながら手持ちのブツを吸うのみ。すっかり全店制覇とかあきらめてしまった。夜にはもちろんmelkwegでパーティ。最終日はついに優勝店の発表。2014年のナンバー1は……Barney’s!って酔っぱらって行けなかったところじゃないか! 結果は以下のとおり。
Best Coffeeshop Strain
1 Cookies Kush by Barney’s Coffeeshop
2 OG Reek’n by The Green Place
3 Pure Kush by The Green House
個人的な印象を言うと、Green Placeのブツがたいへんシャープな効きでよかったですね。Green HouseのPure kushは純米吟醸というか、味はたいへんまろやかなんだけど、通好みでちょっぴりパンチに欠けたかもしれない。まあそれでも酔っぱらって次の店に行けなくなるくらいには効きまくったんだけど。次回、もし機会があれば今度こそBarney’sまでたどりつきたいものです。