中国・ハルビンの「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」訪問記

tabinoteワタベです。
これまでtabinoteでは不定期にダークツーリズムスポットについて紹介してきました。
ご存じの方も多いと思いますが、ダークツーリズムとは戦災や災害跡地、虐殺現場や収容所、強制労働など死や悲劇の生じた現場をめぐる観光のこと。

今回は中国の黒竜江省ハルビンにある「侵華日軍第731部隊罪証陳列館」の様子をご案内します。
旧日本軍の関東軍防疫給水部こと通称731部隊。
中国の東北部(満州)を拠点として細菌兵器の開発や非人道的な人体実験を行ったとされており、80年代に刊行された森村誠一著「悪魔の飽食」でその存在が広く知られることになりました。

ハルビンには731部隊の本部建物が現存しており、隣り合うように博物館が設けられています。
1996年には既に博物館的なものがあったようですが、2015年に近代的な新館へとリニューアルしました。

なお、731部隊の活動内容については様々な意見があり、特に森村誠一氏の著作については信憑性に疑問が寄せられています。この訪問記は特定の説や立場を支持することを目的とせず、私が訪問した2017年3月時点での展示内容と館の様子を事実としてお伝えしたいと思います。


場所と外観

私が訪問したのはまだまだ冬の気配濃厚な3月。
ハルビンの冬は強烈で、3月になっても最高気温がマイナス10度未満という日も珍しくありません。
この年は暖冬だったようですが、それでも昼なおマイナス気温。強風が吹くと激しく体温を奪われます。そんな中を軽装で歩く現地人やロシア人観光客…さすがですね。冬に彼らと戦ってはいけません。

街の中心部を流れる松花江も対岸までビッシリ凍り付いています。

さて、侵華日軍第731部隊罪証陳列館(以降「731ミュージアム」と表記)があるのは市街の南の外れ。中心部からは30kmほど離れています。
私は地下鉄と市バスを乗り継いでいきましたが、時間がもったいない方はタクシーが手ごろでしょう。

最寄りのバス停。

バスを降りて歩くと、黒い巨大な建物が見えてきました。
こちらが2015年開館の新館。面積およそ10000平方mという広大な施設です。

新館は(1)中国侵略日本軍細菌戦、(2)731部隊・日本細菌戦の大本営、(3)人体実験、(4)細菌兵器の開発、(5)細菌戦の実施、(6)証拠と裁判という6つのゾーンに分けられています(Wikipediaより)。

このように、時系列で展示し最後に裁判や戦後の様子を置くという形式は南京の南京大虐殺記念館とも共通しています。
※この後も、対比のために南京の施設について触れることがありますので、未読の方はこちらの南京訪問記をご覧下さい。


館内へ

さて、お約束のセキュリティチェックをへて館内へ。
毎週月曜休館、開館時間は9:00~16:30だそうです。

この広大な施設が無料なのも南京と同じ。中国政府の気合いを感じます。
入り口には係員。親方日の丸で全くやる気がありません。
エントランス。写真にもある赤いラインがデザインモチーフらしく、館内のあちこちに出てきます。

平日昼間の訪問と言うこともありますが、誰もいません。南京の施設が家族連れやカップル(!)でにぎわっていたのとは大きな違いです。
理由の1つにはロケーションもあるでしょう。
攻城戦の舞台となり、市街のど真ん中にミュージアムをつくることができた南京とは異なり、ハルビンのこの施設は街の中心からだいぶ離れています。地元民にとっても、わざわざ来ようとおもわなければ行けない面倒な場所なのではと思います。

館内で最初に目にする展示が、この巨大な看板です。


各コーナーを巡る

最初は「中国侵略日本軍細菌戦」コーナー。

細菌戦のアウトラインを説明しています。731部隊の拠点は満州でしたが、中国各地に関連施設があったとのことです。

こちらは捕虜(人体実験に使う)を拘束する器具。

次いで「731部隊・日本細菌戦の大本営」。
731部隊はあくまで細菌戦を司る組織の一部という位置づけを強調しています。
このあたりから731部隊を率いた石井四郎部隊長など、実際の人名が出てきます。

当時のジオラマや制服。

マスクや実験器具類。

続いては、731ミュージアムのハイライトとも言える「人体実験」のコーナー。

病原菌を媒介するノミやネズミを飼育していたようです。

「馬路大」は「マルタ」と読みます。

当時731部隊は、中国人やロシア人の捕虜をマルタ(丸太)と呼び、人体実験の材料としたとされています。この呼称は森村誠一氏の書籍でも有名になりました。

このあたりからエモーショナルな展示が増えてきます。

こちらは屋外実験を再現したもの。

十字架にマルタと呼ばれた人々を固定し、水をかけて放置し凍傷にしたり(前述通り、冬のハルビンはむちゃくちゃ寒い)、病原菌を撃ち込んだりするなどの実験を行ったとされています。

中国側の主張によると、人間の耐久性をはかるという目的で731部隊は当時さまざまな人体実験を行ったとのことですが、ただただ残虐なだけで目的が曖昧な実験もあることから一部の信憑性に疑問が寄せられていないわけでもありません。

こういったジオラマ的なセットは731ミュージアムの展示として創作されたものでしょうが、実際に使われたであろう道具や資料とあわせて展示されていると、史実としか感じられません。ここを訪れたことのある中国人は(外国人も)、展示内容を100%信じるでしょう。

続いては「細菌兵器の開発」コーナー。

人体実験を経て、いよいよ兵器として大量生産を始めるくだりです。
細菌を拡散させるための細菌弾や風船爆弾です。
風船爆弾については、日本本土から打ち上げ実際に細菌を北米にばらまく案があったようです。

そして「細菌戦の実施」コーナーへ。
このあたりになってくるとこちらも脳に入ってくる情報量が多くてかなり疲弊しています(しかも館内ほぼ一人なのでじっくり見てしまう)。

展示は大がかりです。

ラストのコーナー「証拠と裁判」です。

日本の敗戦で証拠がどのように廃棄されたか、戦後関係者がどう逃れどう裁かれたかを展示しています。731部隊の関係者はアメリカに実験データを提供することとひきかえに身元を保証されたとされ、戦犯訴追を逃れたとされています。

したがって、日本政府は関東軍防疫給水部の存在は認めているものの、細菌戦や人体実験については否定しています(2003年の衆議院における国会答弁など)。厳密には、否定ではなく「わからない」という立場をとっています。

しかし、このおびただしい展示群を見ると、「わからない」ではだいぶ分が悪い気がします。

生還者の証言。

ここまでで展示は終了です。疲れました。


ミュージアムショップ

展示コーナーを出ると、驚くべきことにミュージアムショップがありました。

中にはなんとカフェまで。なぜか市の中心部でもなかなか飲めないような本格的なカプチーノが出てきましたが、落ち着かない…。

屋外実験の再現展示にあった十字架をモチーフにしたであろう記念Tシャツ。

これだけは言わせて下さい。
「どこで着るんだよ!」


ボイラー棟

館を出ます。
周囲には実際の建物などの遺構が残されています。

こちらは731部隊の本部棟。
戦後は学校として使われていたようですが、修復され現在では一部の展示が行われているようです(部屋が閉まっており残念ながら未確認)。

こちらは有名なボイラー棟の残骸。
壁一枚を残して焼け落ちた(施設破壊が間に合わなかったとされる)姿は、マカオの聖ポール天主堂跡を彷彿とさせます。

周囲にはあちこち工事に取りかかりそうな気配がありました。731ミュージアムを拡張していく動きがあるのかもしれません。

給水施設の土台の痕跡?。墓標のようにならんでいます。


おまけ:東北烈士紀念館

市街中心のほど近くには「東北烈士紀念館」という建物があります。
満州時代の警察署を改装、ミュージアムとして開放していました(ハルビンには満州国が建てた歴史建築がとても多い)。

烈士とは抗日戦争に身を投じた人たちをさしており、ここも日本人にとっては肩身の狭い思いになるが施設です。入り口でパスポートを渡します。中国では私の行動もバッチリ補足されているはずなので、パスポートを渡すのはあまりいい気分ではありません。

またまた疲れて館を出ます。


華やかな市街に戻りました。

名物のハルビン餃子で一息つきます。
ハルビン自体はとても美しい街で、散策するには飽きません。

ビールをのみながら、やはりあのTシャツ買えばよかったかなと、少し後悔しました。
次回訪れる機会があれば入手し、読者プレゼントにしたいと思います。


ダークツーリズムスポットを広く紹介したムック本。tabinoteがリサーチを担当しました。

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