「世界ダークツーリズム」刊行記念企画 「南京大虐殺紀念館」訪問記

tabinoteワタベです。
先日、主要なダークツーリズムスポットをまとめたムック本、「世界ダークツーリズム」が洋泉社より刊行されました。

世界ダークツーリズム

ダークツーリズムとは戦災や災害跡地、虐殺現場や収容所、強制労働など死や悲劇の生じた現場をめぐる観光のこと。
角田光代さん、古市憲寿さん、森 達也さん、蔵前仁一さんなど硬軟とりまぜた豪華な執筆陣で、写真も豊富。tabinoteメルマガでもおなじみの我らが下川裕治さんは南京、ハルビン、ハノイと3ヶ所寄稿されています。
この本にはなんと現地までの行き方ガイドがついています。リサーチはこの手の調査が大好物なtabinoteが担当しました。

発売を記念して、tabinoteでもいくつか「負の遺産」に関する旅行記を掲載する予定です。
tabinoteの「負の遺産」旅行記をFacebookのtabinoteページの投稿からシェアいただいた方には抽選で3名様に「世界ダークツーリズム」をプレゼントします。(終了しました)


さて、今年の1月に中国は南京市の「南京大虐殺紀念館※」を訪問してきました。
(※正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」)
「負の遺産」旅行記の第一弾としてお届けします。

もともとは1985年に2.2ヘクタールの面積でオープンしたものですが、その後増築がなされ、2007年には7.4ヘクタールと3倍以上のスケールに拡大しています(Wikipediaより)。

1937年、日本軍の南京攻略と占領にともなって発生したとされるいわゆる南京事件ですが、中国側の主張する組織的な大量不法殺害説、通常の戦闘行為(敗残兵・便衣兵狩り)とする説、事件そのものを否定する説などがあり、犠牲者数も0人から30万人以上までさまざま語られています。

なお、この訪問記は特定の説や立場を支持することを目的としていません。
16年1月時点での展示内容と来場者の様子を事実としてお伝えしたいと思います。


行き方

南京へは上海駅から高速鉄道で向かいました。
上海と南京の間は350km、高速鉄道なら所要1時間15分ほどです。
なお、外国人は上海駅の有人窓口でパスポートを提示の上きっぷを買う必要があります。
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南京駅を出ると巨大なモニュメントがあり、湖が拡がっています。
この湖が玄武湖で、このほとりでも虐殺が起こったとされています。
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記念館は南京メトロ2号線の雲錦路駅が最寄りです。
Googleマップを見ると駅からしばらく歩くのかと思いましたが、実際には駅直結です。
侵華日軍南京大屠殺遇難同胞
(上がGoogleマップ、下がBaiduマップ)

2番出口とつながっていました。
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情報&記念館の構成

記念館は毎週月曜休館、開館時間は8:30~16:30です。入館無料。
駅から出口を出ると、花と小さな国旗(中国国旗・五星紅旗)を持ったおばさんが複数おり、来館者に無料で国旗を配っています。
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皆この国旗を受け取っています。
私は日本人なので受け取りませんでした。
受取を拒否した私と怪訝な顔のおばさんとの間に小さな緊張が走ります。
通り沿いには「中国の夢 国辱を忘れるなかれ」の幟が並んでいます。
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記念館の構造をざっくり言うと、入り口→屋外展示→資料館→慰霊の広場といったところです。
入り口と屋外、慰霊の広場は悲劇を強調し情動にうったえる展示が多くなっています。彫刻、絵画、碑などで被害や犠牲者を表現しています。
資料館は文字と写真、ジオラマなどで事件のディティールを伝えています。
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入り口~

入り口は彫像がならんでいます。犠牲となった子供を抱く巨大な母像が目立ちます。
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中に入っておどろくのは、小さい子供を連れた家族連れやカップル連れが目立つことです。
母像の前で笑顔でピースきめている様を写真に撮っているグループもいました。
憩いの場とは思えませんが…。
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彫像に続いて広場に出ます。あちこちに犠牲者数をあらわす「30万」「300000」との数字が見えます。
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資料館

いよいよ資料館に入ります。
念のため入り口でスマホの言語設定を英語に切り替えました。
なんとなく日本語を表示させてはいけない感じがしたのです。
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日中戦争の勃発から南京攻略戦、南京陥落、虐殺事件、そして終戦から戦後の裁判まで、時系列に沿って展示があります。
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こちらは攻略戦のジオラマです。
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遺骨発掘現場の展示もあります。
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とにかく情報量が多いです。
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虐殺やレイプの写真など普通に子供が見ています。
ある女児は旗をふりまわし「日本人を倒せ」的なことを言っていました。
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論争の元になっている百人斬りの記事です。
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巨大な書架のようなものは犠牲者名簿とその人がどんな人だったかを収載しています。
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資料館の出口です。事件をテーマにした現代絵画を展示しています。
多量の情報でオーバーフローしかけた頭が、再び情動方面からゆさぶられる感じです。
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出口の金色パネルは、この記念館が国家お墨付きの教育施設だということを示しています。
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慰霊の広場

記念館を出て慰霊関連の展示に向かうところです。
ここまででも相当歩いていますがとにかく広い…。
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遺骨発掘現場を再現したものです。
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現地の日本人学校も見学するようです。
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慰霊施設が続きます。
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ラスト、白い女神像は和平を象徴したものです。
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出口まで来ると、とにかくへとへとです。
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記念館を出て~感想

何でもデカい中国ですが、この記念館も東京ドーム何個分かと思うほど。並大抵のスケールではありません。
広大なだけではなく展示量・情報量も圧巻。被害の大きさと史実性を伝えるために感情と理性の双方からアプローチしており、構造、導線、館内デザインやディスプレイ方法など考え抜かれているという印象です。
ここを訪れたことのある中国人は(外国人も)、中国政府の主張を100%信じるでしょう。


郊外&おまけ

虐殺現場とされるあたりをめぐってみることにしました。
参考にしたのはこちら(読谷村役場・バーチャル平和資料館)です。

長江沿いの幕府山です。読谷村の資料では虐殺現場をあらわす×印が多くならんでいます。

なんでもない道路のかたわらに慰霊碑が建っていました。
山に登ろうと思いましたが入り口が見当たらず断念。
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代表的な虐殺現場とされているのが長江のほとりです。
幕府山から長江に出ようとしたのですが、工事現場でさえぎられ川岸に出られません。

地図を見ると、長江沿いに大橋公園というところがあります。ここなら川沿いに出られるかも…。
大橋公園   Google マップ

着きました。都合がいいことにとてつもなく巨大な橋(南京長江大橋)があります。ここから長江を見下ろせそうです。
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登ってみました。
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読谷村資料の地図でいうと和記公司のあたりから南を見下ろしている感じです。
およそ80年前、この長江のほとりで何があったのか…(それにしても空気が悪いですね)。
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なおこの橋、欄干も貧弱で自殺の名所とのこと。
かつては観光名所だったようですが、半端なくうらぶれています。
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橋の上の歩道をバイクがバンバン通っていくので(もちろん速度はおとさない)接触しそうになり、自殺する気がなくても危ないです。
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大橋公園からタクシーで繁華街に戻りました。
ドライバーに日本から来たと言いましたが、特に何もありませんでした。

南京からは日帰りで上海に戻る予定でした。
南京駅に向かう途中のメトロ乗車時におっさんに割り込まれました。
思わず日本語で悪態が出てしまいましたが、相手はあの花を配っていたおばさん同様に怪訝な顔をしただけで、やはり何もありませんでした。

再び高鉄で帰ります。
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なお、昨年末に記念館の関連施設として、南京の旧日本軍慰安所跡とされる場所があらたに博物館(南京利済巷慰安所旧址陳列館)として整備されたようです。ただし、まだ一般公開がはじまっていないという情報もあります。場所は地下鉄2号線大行宮駅の近くです。