下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治
「そういうことを書くと、また読者から非難されるんじゃない。貧乏旅行の達人のような顔をして、ラウンジ使っているなんて」
事務所のスタッフにそういわれた。手にしているマイレージカードである。僕がいま、もっているのは、ユナイテッド航空のゴールドである。
話は3年前に遡る。僕は月に1回のペースでバンコクを往復している。途中の都市での用事もあり、さまざまな航空会社を使っていた。しかしいちばん多く乗ったのがユナイテッド航空だった。知人からアドバイスを受けた。
「下川さん、それだけ利用してるんなら、スターアライアンスのゴールドをめざしたらどうです? チェックインも早いし、荷物もいちばん先に出てくる。予約も入りやすいでしょ。それに空港のラウンジも使えます」
1年間、頑張ってみた。そして5万マイルを達成した。ユナイテッドのゴールドカードはたしかにいくつかの優遇を受けることができた。チェックインが早いのは助かった。予約もとりやすい気がする。いくつかの空港のラウンジンも使わせてもらった。
ところがその翌年、ユナイテッド航空の東京―バンコク線が廃止になってしまった。なんとかスターアライアンス系の航空会社に乗ってゴールドを維持したが、そこでつらいのは、ユナイテッド航空そのものに4区間乗らなくてはいけないというルールだった。
そして昨年の終わり、さらに情報が入ってきた。今年の3月から、獲得するマイル数が、金額ベースになるという話だった。それまでは、どんなに安い航空券を買っても、ゴールドカードなら飛行マイルの150%貯まったのだが。
もうやめようか、と思った。しかしまだ踏ん切りがついていない。
今週、ユナイテッド航空の東京―シンガポール線に乗った。バンコク線は廃止になったが、シンガポール線は残っているからだ。しかし目的地はバンコクである。
東京を発ったユナイテッド航空がシンガポールに着いたのは、午前1時頃だった。シンガポールからバンコクまでは、午前7時発のタイガーエアウエイズを予約していた。この便がいちばん安かったのだ。
午前3時頃までは、空港内のカフェで仕事をしていた。しかしさすがに眠くなってくる。空港内で眠ることができそうなスペースを探したが、どこも先客がいた。空港内を意味もなく歩いて時間をつぶし、午前5時にチェックイン。そこから搭乗までの2時間がきつかった。搭乗ラウンジが開くのは午前6時。またしても眠ることができる場所を探したが、やはり先客がいる。
ようやくタイガーエアウエイズに乗り込んだが、機内でのことはほとんど覚えていない。こんこんと眠り続けていた。
来週、日本に帰らなくてはならない。逆のルートになる。また空港で夜を明かすことになる。いまから気が重い。
なにをやっているんだろう、と思う。マイレージから決別する潮どきだろうか。