「タビノート」下川裕治:第38回 飛行機には投石は届かない

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 いま、バングラデシュのコックスバザールという街にいる。この国の南端に近い街だ。朝10時にダッカを出発した、US-BANGLAという航空会社のプロペラ機に乗ってやってきた。1時間もかからずに着いてしまった。機内では簡単な機内食も出た。
 いつもはダッカからバスを使う。10時間以上かかる夜行バスである。料金が安いということもあるのだが、飛行機の運航が安定していないということがいちばんの理由だった。かつてはビーマン・バングラデシュ航空の国内線が就航していたが、突然の運休がしばしばあった。それが前日までわからないことも多かった。バスのほうが確実だったのだ。
 ところが今回は事情が違った。長距離バスはすべて運休していたのだ。
理由は野党の抗議行動だった。バングラデシュではホッタールと呼ばれる。ゼネストとも訳されるが、実際は、暴動に近い。野党の一部グループは、走るバスめがけて投石を繰り返す。与党の事務所に爆弾が投げ込まれることもある。ときに死者も出る。
 バングラデシュでは、どこか年中行事のような感もあるのだが、今回はすでに死者も出ていた。今回のホッタールは1月9日からはじまっていた。主に長距離のトラックやバスが狙われた。13日には野党の要人が襲われた。ホッタールは激しさを増した。
 以前はホッタールといっても、昼間しか起きなかった。そこで夜行バスは、日の出前に目的地のターミナルに着くスケジュールで運行していたのだが、今回はそうはいかなかった。1億を超える人口を抱えるバングラデシュの長距離バスがすべて運休に追い込まれた。
 飛行機しか手段はなかった。紛争地帯では、しばしば起きることだった。かつてロシアのアストラハンからアゼルバイジャンのバクーまで列車で移動しようとした。しかし前を走る貨物車が、チェチェンの反ロシア勢力に爆破された。僕らはアストラハンに戻された。残る手段は飛行機だけだった。
 だからウクライナ上空でマレーシア航空機が爆破された事件は怖かった。飛行機まで届く高射砲……。これが紛争地帯に配備されていくと、空で回避する手段もなくなる。
 しかしバングラデシュは大丈夫だった。野党の攻撃は石や手投げの爆弾である。人間が投げるものは、飛行機までは届かない。
 バングラデシュには次々に民間航空会社が運航をはじめている。数機のプロペラ機で運航する会社だ。倒産もしばしば起きる。US-BANGLAは、はじめて聞く航空会社だった。USはアメリカの意味かと訊くと、深い意味はないといわれた。そういえば、バングラデシュにはUNITEDという民間航空会社もある。訊くとアメリカのユナイテッド航空とは、なんの関係もないという。
 飛行機とはアメリカというイメージなのだろうか。
 バングラデシュの民間航空会社をLCCといっていいのかわからない。片道で買うことはできるが、運賃は8000円ほど。LCC以前の世界かもしれない。

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バングラデシュでもプロペラ機には安定感がある。