「タビノート」下川裕治:第86回 香港を前面に出すキャセイドラゴン航空

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 中国を10日間ぐらい歩くと、無性に普通の世界に戻りたくなる。とくに中国の地方を訪ねるときこそ、その傾向が強い。
 中国にサービスがないとはいわないが、そのサービスがすべて中国式。それに中国人は疑問を抱いていないから厄介なのだ。そのなかで旅をしていると、無性に脱出したくなる。
 新疆ウイグル自治区を数日かけて移動し、敦煌に出た。そこから列車で西安へ。日本に帰る便で少し悩んだ。山東航空が安かったが、羽田空港に着く時間が遅く、電車で家に帰ることができそうもなかった。空港で夜明かし? それともタクシー? それを考えると、香港乗り継ぎキャセイパシフィック航空に食指が動いた。運賃差は1万円ほど。キャセイパシフィック航空は、普通の世界の航空会社だ。
 乗り込んでみてわかったのだが、キャセイドラゴンの運行だった。キャセイドラゴン? 最近、キャセイパシフィック航空と香港ドラゴン航空は、同じ航空会社として運航している。
 香港ドラゴン航空は1985年に運航をはじめた。香港の第2航空会社というイメージで、キャセイパシフィック航空とは関係がなかった。しかし1990年には、キャセイパシフィック航空を運営するスワイヤー・グループが株の大半を取得。2006年には、キャセイパシフィック航空の完全子会社になった。これで香港ドラゴン航空がもっていた中国路線をキャセイパシフィック航空が使うことができるようになった。そして2016年には、キャセイドラゴン航空になっている。
 キャセイパシフィック航空とキャセイドラゴン航空。同じ会社だが、その雰囲気はかなり違った。キャセイドラゴン航空のほうが、より香港色が強い。機内放送は、英語、広東語、普通話の順。その英語も中国人英語ではない。シートテレビの映画は中国系に比べるとハリウッドや日本の映画がかなり多かった。そして機内食はビーフにポテト……。
 そのせいか、中国人の乗客は少なかった。欧米人が多い。
 香港の中国化が加速している。直接選挙を求める民主派の人々が次々に逮捕されている。外国人メディアのスタッフのなかには、ビザの延長を拒否された人もいる。香港の新聞やテレビも、中国からの圧力に晒されている。
そのなかで、キャセイドラゴン航空は、あえて香港の色を前面に出している。キャセイパシフィック航空より香港のにおいがするのだ。
 中国に疲れた身には、香港までのフライトは、思った以上に心地よかった。


キャセイドラゴンの機内食。中国のにおい、しないでしょ?