「タビノート」下川裕治:第105回 予約変更の徒労感

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 2月以降、いったい何回、航空会社に電話をかけただろうか。新型コロナウイルスの影響で、減便やフライトキャンセルが相次いでいる。そのつど、航空会社に連絡をとらなくてはならない。
 2月から3月にかけ、電話をかけた先は、タイ国際航空の日本のオフィスだった。3月下旬に何人かでバングラデシュに行くことになっていたのだ。
 それぞれが自分で航空券を確保した。日本からバンコク。バンコクからダッカ。バンコクからダッカへ向かう路線では、タイ国際航空を選んだ人が多かった。減便が相次ぎ、フライトの変更が必要だった。何人かがエクスペディアを通して航空券を買っていた。しかしコールセンターはつながらない。海外のネット系旅行会社から買った人はメールを送るが返答はない。
 僕がまとめて対応することになった。自信はなかった。しかしタイ国際航空が受けてくれるような予感がした。
 電話をして事情を伝えた。
「本来はエクスペディアさんを通す話なんですが……」
 しばらくの沈黙があった。上司に相談していたのかもしれない。電話で変更を受けてくれることになった。新しい航空券がメールで送られてくる。それをそれぞれに転送した。それから毎日のようにタイ国際航空に電話をかけることになった。フライト変更が頻繁だったからだ。そこでわかったことは、1回、タイ国際航空が電話で受けると、その履歴が残るようで、2回目以降はなんの説明をしなくても日本語で変更の相談をすることができた。
 バングラデシュ行きは全員がキャンセルになった。タイはまだ自由に行き来ができたので、僕はいったんバンコクへ。バンコク発の全日空の航空券を買って帰国した。それはバンコク→羽田→石垣→羽田→バンコクという航空券だった。こうして買うと羽田と石垣往復がだいぶ安くなる。
 そのころから日本での感染が広がった。石垣への渡航が難しくなり、4月に入っていた予約を5月に移した。バンコクの旅行会社に依頼したので、バンコクで変更してもらった。変更手数料はそこそこかかった。
 しかし感染は収束しない。非常事態宣言が出され、石垣往復を6月に移すことになった。そのつど、バンコクに連絡するのも心苦しく、全日空に直接電話をかけてみた。
「こういう時期なので、こちらで対応します」
 といわれた。その後、さらに1回変更した。オペレーターはバンコクで買ったチケットは……といいかけ、「前回、こちらで変更していますね」。履歴を見ているようだった。
 なんとか石垣往復は乗ったが、羽田からバンコクが残っている。3月以降、5回変更している。8月の予約も追って9月に変更しなくてはならない。淡々と仕事をこなすオペレーターの声に徒労感がにじむ。むなしい日々が続いている。


閑散とした新石垣空港。6月下旬、まだ欠航が多い