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評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
貧乏ノマド独身。英語は苦手。好きな地域は中東の砂漠。元コミケスタッフ。コテコテの理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d/d.htm?member-j.html
とりあえず20時間ぶりのメシでチャージし、腹ごなしに市内を少しぶらぶらしてから、15時からクラコフ後半戦である。
ヴェリチカ岩塩坑へ観光だ。アウシュビッツほど有名ではないが、11世紀から岩塩を掘り出していたところで、栄えある世界遺産第一号である。ピラミッドより先に世界遺産認定されているとなればスルーはできまい。
駅前のバス発着所は「地球の歩き方」記載とは1区画違っていていたが、304番バスはあまり待つことなくやってきた。このバスは終点で降りるわけではないから気を抜けなく、市内をぐるぐる回ってお客を集めてから郊外に出るので、今どこを走っているのか分からなくて不安になる。道が混んでいるので所要時間からの推測も当てにならず、窓の外を凝視して「Wieliczka」の文字列を探す。固有名詞以外のポーランド語なんて全然分からぬ。
だいたい1時間、16時過ぎくらいにそれらしき場所についたが、いかにも地元の婆さん一人以外、誰も降りていかない。有名な観光地なんだからドッと降りてくれるはずなのだがと思って、念のためもう少し乗ってみた。このあたりのバス停は200メートルおきだから数個くらいバス停を飛ばしてもリカバリできるだろう。果たして、それ以降ばったり「Wieliczka」の文字を見なくなったので、やっぱりさっきのあれだろうと、意を決して降りた。荷物を宿においてあるので身が軽い。黄昏にバス通りを逆にたどって少し歩くと、なるほど確かに「Wieliczka」と矢印があった。見落としていたのだろう。バス通りからほんの少し坂を登るころにゲートがあって、チケット売り場と行列待機場所と大型観光バスが鎮座していた。これだ。
予約なしでツアーに乗れるかどうかは不安だったが、夕方ということもってそれなりに閑散としているチケット売り場の嬢に聞けば、16時半からの英語ツアーをあっさり予約してくれた。暑いのでアイスを食べて数分待つ。洞窟の中にトイレはなさそうだから水分は控えめに。
ゲートは団体用と個人用に分かれているのだが、団体はもうすべて終わったらしく鎖がかけられていた。時間が来て個人用ゲートが開くと、担当ガイド女史から無線機とイヤホンを渡されチャンネルを合わせるよう指示された。ガイドの話が聞こえないときはこれで聴くらしい。10名くらいの多国籍ツアーで、自分以外はみんなカップルだった。ツアー開始とともに長い階段をひたすら降りればカップルの女子たちがキャーキャーと盛り上がる。しかし昔スカイツリーの避難訓練に参加して上から下まで降りきった身としては、こんなもの楽勝だ。ホント、あれは足に来たな。タブレットを動画モードにして黙々と降り、10分ほどで地下の踊り場に着いた。ここからが本当の開始である。
基本的にはガイドに従って縦横無尽の坑道内をひたすら降りていくのだが、ビシッと観光整備されており、まるで博物館のように動く模型で当時の採掘の様子が分かる。ジャンプだと思って読んだら学習まんがでした、というようなハシゴの外されかたをしたが、それはそれでためにはなった。
岩塩というのはつまり柔らかい石なので、削り放題掘り放題で、有名な地下100メートルの礼拝堂には、岩塩を掘り出して作ったイエス像とか「最後の晩餐」とかが残っている。細部の加工が難しくて、あまり完璧なわけではないが、何を作っているか分かる時点で自分には真似できないアートに違いない。巨大な空間の床から壁から全てが塩で、まったく圧巻だ。およそ1000年に渡って掘って掘って掘りまくったらこうなったという歴史の重みがある。ちなみに道中許可をもらってちょっと舐めたら確かにしょっぱかった。この鉱山のキーワードはキンガ姫というポーランドの王妃である。13世紀の人で別の場所に投げ捨てた結婚指輪を当地で拾ったことで岩塩採掘がポーランドの国営事業になったとか、そういう伝説がある。これだけ聞けばとんでもない人だが、カトリックの聖人でもあり、ひたすら敬虔な慈善家であったらしい。詳しくはWikipediaで「キンガ (ポーランド王妃)」を参照のこと。
地下には神秘的な湖があったり、ライトアップと荘厳な音楽でよく分からない劇が展開されたり、まったくアトラクションが次々出てきて飽きさせない。
反面、カップル向けにカスタマイズされすぎていて、つまり観光地化しすぎていて、ちょっと萎える感じもする。ミュージアムショップには綺麗な水晶が並び、パワースポット感満載だ。カップルと無縁の筆者は案内係女史としか話す相手がなく、旅行記のネタにと色々聞かせてもらったのだが、あとでWikipediaを読んだら全部書いてあったので、あの頑張ったメモは何だったんだろうという感じもする。コースはほぼ1時間半ほどで終わり、最終地点は深さ125とのこと。最後は坑夫用のエレベータで地上まで輸送された。確かにエレベータには違いないが、日本によくある洗練されたものではなく、猛獣のオリに鋼鉄のワイヤーを付けて上から引っ張るだけという感じの無骨な代物だ。もちろん加減速はオンオフしかない。明かりなど裸電球で、これに観光客が限界まで詰め込まれてゆっくりと運ばれるのは、なかなか洞窟感があってよかった。
意気揚々と帰りのバスに乗って、アクシデントはここからである。行きも帰りも路線バスなのだが、ポーランドのバスは車内の自動券売機でチケットを買って乗るものだ。そこで自販機にコインを投入したのだが全く反応しない。周囲の誰を見てもきっぷを持っている気配はないし、それじゃあまぁ、日本のバスよろしく降りるとき運転手に払えばいいやと思って座っていたら、終点近くでドカドカと係官2名が乗ってきて「チケットを見せろ」といわれた。機械が壊れてて買えなかったよというと罰金だと言われた。えーそんな。「機械が壊れていたら運転手に言って車内で買わなければいけない」。現金の持ち合わせなんてないのでいろいろごねた結果、クレジットカードでぼったくられたのであった。
そういえば終点でもないのにほとんどの人が降りていくなと思ったら、現地の人はどこで検札が来るか熟知していたのだろう。ちなみにあとで地球の歩き方を見たら同様の事案が書いてあったので、ガイドブックはちゃんと読むべきだ。
せっかくいろいろ観光できたのに、一気に萎えてしまったので、腹いせに昼の肉屋で今度は限界まで肉を食うという横暴をやらかし、なんとか精神の均衡を保ったのであった。