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評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
貧乏ノマド独身。英語は苦手。好きな地域は中東の砂漠。元コミケスタッフ。コテコテの理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d/d.htm?member-j.html
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船のターミナルから「ふとっちょマルガリータ」という旧市街の入口まで徒歩800mで既にボロボロだ。小雨なんてものじゃない。1時間に30mmは降っているだろうガッツな本降りだ。靴は確実に水ぶくれでブシュブシュいうだろうから、そうなる前にしまい込み、機内用のサンダルに履き替えて前進する。ビーサンなら洗えばいいだけ。雨具といえば小さなビニール傘一つ。特別に寒いというわけではないのが唯一の救いだ。
そもそも都市一つを見るのに2時間半しかないので、高効率になるよう順路をよく考えておいたし、最初からガイドブックを濡らすのもいやだから、だいたいの地図も覚えた。それでもタリン旧市街の観光は惨々たるものだった。なんせ建物に軒先がない文化であるため、雨宿りのスポットが決定的に足りない。
観光物件に到達しても、こんな天気では観光客がいないため、これが果たしてその観光物件なのか分からない。当然、店も閉まってる。
結局はカメラを首からさげて「地球の歩き方」を無理矢理丸めてポケットにねじ込み、観光物件に当たるたびに、大きなカバンを雨の中に打ち捨て、左手の傘を持ったまま右ポケットから「地球の歩き方」を出す。それを右手だけでめくって場所を確認し、またポケットにねじ入れて今度はカメラを右手だけで構えて写真を撮る、という作業を延々繰り返すわけだ。色々な国に行ったが、ここまでひどく非効率で悲しくなってくる観光は例がない。それでもキレて観光自体を放棄しない自分はきっと根性あると思う。
基本的に慌てているので1時間半ほどでだいたいの観光スポットは見終わった。後半にはだいたい雨もあがり、重い雲がの下、食事タイムである。なんせ朝6時にヘルシンキの宿でパンを詰め込んで以来、水一滴飲んでないまま13時だ。時間があればレストランだが、そうも言っていられない。謎の戦車が転がってる城塞から道を下り、てくてく歩いてマクドナルドである。だがそこは絶望的に混んでいた。ハンバーガーなど想定10分程で終わらせようと思っていたので、これは無理と戦場指揮官のように迅速な判断を下し、バス停に向かって歩く。バス停に行けば普通はサンドイッチくらい売ってるものだろう?
だが、来るのだ「アクシデント」というやつが。30分もかけてバス停があるはずのところにつけば、そこは大きなショッピングモールでしかなく、国際バスの発着場などどこにも見当たらない。道行く人に聞けば「なにそれ?」という答えしか帰ってこない。「バス停へはタクシーでいくしかない」という意味不明な返答を三名から受けて、はたと立ち止まった。刻々とバスの出発時刻が迫っている。リガ行きの最終バス。これを逃すとWIFIもない中、今からタリンの宿を探さないといけないし、その後の予定も大崩壊する。「落ち着け、素数を数えるんだ」と言い聞かせ、地球の歩き方を必死でめくった。どこかに国際バスの発着情報があるに違いない。バルト三国の移動なんて所詮LUXバスしかないのだから。
あった。すぐに見つかった。だがそれは真に背筋の凍る情報であった。ここは市バス乗り場、国際バス乗り場ははるか遠方。ざっと見て2キロ。この時間で徒歩で行けるものじゃない。タクシーしかない! 市バス乗り場にはタクシー乗り場が隣接していたのが救われた。すぐさまタクシーをとめて乗り込む。もうお金の問題じゃない、走れ!
かくして7ユーロで国際バス停へ。リガ行きLUXバスの出発4分前にバス乗り場に滑り込み「リガ!リガ!」と連呼して、道路と同じ巡航速度でターミナル内を駆け抜けた。息を切らして運転手の前でパソコンを開き、チケットの画面を見せる。「これ、チケット!」パソコンは濡れて画面もよく分からないが、パスポートを突き出せば理解はされたらしい。水の滴る大きなカバンからビニールで保護したパソコンや充電ケーブルだけを抜き出してまた梱包し、乗り込んだ。食べものは何ももっていない。LUXバスは実に正確に、誤差5秒程度で定刻発車した。こうしてパッケージツアーも顔負けな雨中弾丸観光は終わり、結局何も食べないまま、これから4時間半を耐えるのである。腹減った。マジ腹減った。
なお、バス内には無料WIFIがとんでいて、電源もとれた。時間もあるので翌日とその先のバスを予約&支払いする。実際のところ全行程が弾丸なのだが、最初のあたりは特にミサイルのようで、リガ経由の格安飛行機でワルシャワに抜けるとか、夜行バスとか色々な選択肢をいろいろ考え、結局昼バスセットにした。時間的にビルニュスの観光はあまりできそうにない。
隣席にいたウクライナ人男性が、鬼気迫る僕にどこかからコーヒーを持ってきてくれた。なんとLUXバスでは無料のコーヒーが無限に飲める仕様だったのだ。素晴らしい。コーヒー自体はどうでもよいが、そこには砂糖とミルクがあるはずだ。カロリーだ。そこで砂糖とミルクだけを黙々と摂取し、空腹に耐える。ウクライナ人は親しげに話しかけてきた。何やらヘルシンキとスェーデンを結ぶバスの運転手なんだとか自己紹介されたのち、結局のところ、携帯電話を充電するためのUSBケーブルを貸してほしかっただけらしい。トイレにいく時、荷物をそのままに席に置いていたから脇が甘いと思われたのだろう。油断も隙もないのが独り旅というものだ。
ひとときあがっていた雨は再び降り出し、道中はひたすら雨だったが、降りる頃にはまたあがった。ラッキーと言うべきか、そもそも全体が不幸というべきか。
次回、リガに待ち受けていたのは地獄の6階まで連続階段上り下り騒動であった。お楽しみに。