シ
評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
貧乏ノマド独身。英語は苦手。好きな地域は中東の砂漠。元コミケスタッフ。コテコテの理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d/d.htm?member-j.html
シさんによるバルカン半島旅行記の第2弾です。第1弾はこちらをご覧下さい。なお、この旅では撮影済みのデータを破損してしまったとのことで、編集部によりイメージ写真を適宜加えております。
コソボという国の認知は微妙である。聞いたことないか、または空爆や戦争しか思いつかない。その昔セルビアから独立宣言をして、今や多くの国が独立を認めているのだが、当のセルビアが独立を認めていないので、外国からコソボに入るとコソボからセルビアへ抜けられない。セルビア側としては「セルビアの入国印が押してないじゃないか、不正入国者だ」という扱いになるからだ。なおセルビアからコソボに入るぶんには問題ない。ただ今回は経路設計の都合、ベオグラードからいったんマケドニアへ抜けてから(セルビア的に言えば)再入国することにした。ビザいらないからってやりたい放題。11時発13時着予定の国際マイクロバスでスコピエ(マケドニア首都)からプリスティナ(コソボ首都)へ向かう。お値段320ディナール(700円)で国境検問は陸路のくせに簡単にスルーだった。
※戦時下のコソボ
(Author : marietta amarcord from italy, 紛争により破壊された建物. 廃墟と化したコソボ。1999年.)
プリスティナは意外にも綺麗な街だ。空爆ぽさはない。バス停も新しく、人の数の割にガランとしている。「世界遺産の教会に行きたいんですけど」と窓口で聞いたら、窓口嬢が、さも「観光物件なんてそれくらいしかないもんね」と言いたげに「4番レーンだよ。ハウリアップ(急げ)!」と言われた。でも急いでいったら運ちゃんが「満員だ、ここで次のバス待て」といって乗せてくれない。そしてバスは悠々と行ってしまった。ただ待っているのもしゃくだから、昼飯として2ユーロ(コソボの通貨はユーロである。ATMからユーロが出てくるのは感動だ)でやたら大きな肉+パンの昼飯を食った。なんか見た目1kgほどもあり、これ一個で1日OKみたいな大きさである。確実にぱんちょの大盛りスパゲッティより多い。ちなみに次のバスは僕が食べ終わるのを待っていてくれて、肉塊をなんとか口に押し込んだら即発車した。市内バスは頻発しているものらしい。
※プリシュティナ市街
(Author: Arbenllapashtica, Prishtina perspektivë nga Radio Kosova 5)
とりあえず世界遺産の教会へ行くのである。観光物件はそれくらいしかないから。だいたいこの辺だよね、と直観でバスを降り、5分ほど歩くと確かにその教会は見つかった。が、なんというかしょぼかった。単なる教会ですね、という感じで、入場料もないし、修復中だし、観光客も誰もいないし、なんでこれで世界遺産なのかは分からない。教会なので内部の写真撮影は不可。まぁ、世界遺産といってもピンキリだから、どこか旅行にいくときに、すべての世界遺産がペトラとかピラミッドとかエルサレムみたいだと思ってたら不幸になるだけだ。
※世界遺産(ついでに危機遺産)のデチャニ修道院。コソボは世界遺産条約を締約しておらず、セルビアの世界遺産に分類されている。
(The Decani Monastery; UNESCO)
仕方ないから外側の写真だけ撮って帰るかと思ったところ、帰りのバスが見つからない。降りたところまでえっちらおっちら戻っても、そこはバス停ではないらしく、タクシー屋がニヤニヤしながら「バス停は1キロ先だよ、ミスター」とか言ってくる。少しはタクシーに乗ろうかと思っていたのに、そうまで言われたら是が非でもバスで帰るしかないので、人に聞きまくって無理やりバス停の位置を絞り出し、本当に1キロ歩き倒した。現地のマダム2人がバスを待っていたところ、ほどなく見るからに路線バスな車両が到来。しかし乗ると10分もたたずに途中で降ろされ「終点だ。このチケットを見せれば次のバスに乗れるから」といって去っていってしまった。現地人も心外らしく、あれやこれや抗議をするが聞き入れてもらえない。「おたく観光客?ひどいねぇ」と(かなり)怪しげな英語で云われ、そうだそうだと同調する。友情というのはともに困難を克服することで生まれるんだって、少年ジャンプで習っただろ。
※コソボのバス
(Author : Andy Mabbett, A bus in Pristina, Kosovo.)
仕方ないから、その次のバスに乗ると、郊外の謎の山の頂上に連れて行かれ、現地人2人組とまたも抗議をすると、結局市内までそのまま乗せてくれることになった。抗議内容は現地語なので意味はわからない。そもそもここ、ほとんど英語が通じない。周辺諸国に比べてキリル文字がなくて読みやすいのだけど、英語はベオグラードのほうがよほど通じた。なんかロシア語とも違う感じの謎の言語で困惑したから、あとで宿の人に聞いたらアルバニア語の一種らしい。でもイエス・ノーはダーとニェなので、そこはロシア語ぽい。大丈夫、言葉が通じないくらい、冒険者にとって何の問題でもない。ドラクエの勇者だって通訳なしで全世界を旅してるじゃないか。
結局バスはバスターミナルではなく、予約していた宿から50mのところまで、0.5ユーロで連れて行ってくれた。結果オーライで良しとする。本来はバスターミナルから市の中心まではタクシー2ユーロがかかるのだ。
宿はビルの4F。エレベータもないので、でかい荷物を荷物満載の働きアリみたいに運ぶ。宿のスタッフは、僕を日本人だと認識すると、途端に目を輝かせ「この曲を知っているか」とBluetoothでアニソンを流し始めた。「ルパン三世ですね。日本人なら誰でも知ってます(キリッ)」という。話せばかなりの日本アニメ好きで、ワンピースやナルト的なものから手塚治虫まで幅広く押さえているギークなのであった。「Parasyte…なんだっけ」といわれたので「イブ?」と聞けば、「No, right hand!」とかいうので、「寄生獣?」「That’s!」となる。そんな会話が延々1時間続いた。寄生獣の英語版タイトルなんて知りませんがな。そもそも、コソボは(英語がろくに通じないくせに)ネットは速くて、日本にあるWindowsのリモートデスクトップがサクサク動いたりする。国内向けのwifiより速いのではないか。
15時くらいには宿についたので、郵便局からいくらかの知人宛てに手紙を出して、街をだらだらした。コソボなんて凄くヤバそうな感じのところから手紙を出したらインパクトあるじゃん。でも実際には極めて平和な街である。不謹慎にも爆撃の跡などを期待するのだが、ベオグラードと違って、そういうものは見当たらず、活気もあるし、なんだか新しい植民惑星の街みたいだった。通貨がユーロでネットが速くきれいな街。文句ない。
あけて翌日は雨だった。
AccuWeatherの天気予報では曇りとかいっていたが、実際は土砂降りスコールだ。使えない天気予報だな。朝食は8時からだと昨晩スタッフは言っていたが、朝8時にキッチンにいても明かりすらついておらず、誰もいなく、何もなかった。眠そうなスタッフに「朝ごはんって此処?」と聞くと、「今からマーケットに行って何か買ってくるから5分待って」といって買い出しにでかけていった。ドン引きだよ。30分くらいしてまたキッチンに行ったら、テーブルの上にパンが置いてあって外人たちがバターを塗って食べていた、パン、牛乳、ストロベリーティーだけの簡素な朝飯をご一緒させてもらう。会話なし。
プリスティナの街をよく見てから旅立とうと思ったが、雨がひどくて無理である。特に凄い必見物件があるわけではないし、見るだけなら昨日見たからいいやと、いきなりタクシーを呼んでもらってバス停へ。ちょうどプリズレン行きのバスが発車するところだったので飛び乗った。途中で晴れてくる。道が悪いのか事実上の一車線のためか、バスはゆっくりだ。
コソボには首都プリスティナの他にいくつか世界遺産を擁する街があって、その一つがプリズレンである。ティラナ(アルバニア首都)行きの経路上にあるので観光経路として無駄がない。ネット掲載の旅行記ではティラナ行きのバスは朝7時台しかないことになっているが、宿のオタクによるとプリスティナ発ティラナ行きのバスはそれ以外にもたくさんあるらしい。14時、14時半、15時発あたりが良いとのこと。
そしてそのプリズレン。長距離バス停は街のすぐ外れにあり、中心までは歩いていける距離である。ちなみにそのバス停のトイレはアラブ式であり、プリズレンにはたくさんのモスクがある。オスマントルコの時代のものだそうだ。ティラナ行き国際バスの時刻を聞くと15時発と17時半発を示された。それしかないらしい。しかし15時の便は高速道路上のバス停に停まるのでそこまではタクシーで行けとか、いやバス会社が15時にバス停から高速道路まで運んでくれるので、そこのカフェテリア前で待てとか説明が二転三転する。もともと言語に不自由するところだし、15時に高速道路なのに15時にカフェテリアで待ってたら論理的に間に合うわけがないので、最初に確かめるべく、そのカフェテリア前に行くと、「ティラナ!ティラナ!」とタクシー屋が吠えていた。これはあかん。諸外国のタクシー屋って、どこでも凄くクズ感を出している。
まぁ何とかなるだろうと冒険者然としたおおらかさでとりあえず観光に出る。なんせティラナ行きのバスまで3時間以上あるのだ。プリズレンは小さな町なので観光は全て徒歩でなんとかなる。しかし、どれもしょぼい。城壁は遠目に素晴らしいが、荷物が重いので登れない。というか、見るからに登る気を削ぐ高さである。その山の中腹に教会が立っていたりして、アフガニスタンあたりの山岳民族かよといいたくなる。
※プリズベン城壁からの夜景
(Author : Arben Llapashtica, Kalaja e Prizrenit)
とりあえず話を聞くべくして入ったツーリストインフォメーションでは逆にやたら気合の入ったアンケートを食らった。観光物件が延々と列挙され、見たかどうかに始まり、今後観光客を増やすにはどうしたらいいかまで、まるでミステリーショッパーですかというくらいに詳細なコメント欄が並んでいる。ついていけないので全部にExcellentをつけていく自分はアンケートの誤差要因かもしれない。
世界遺産の生神女教会はしまっていたが、あとできくと9時から14時だけ空いているらしい。「地球の歩き方」にはジョージ教会で鍵を預かってるとか書いてあるが、そのジョージ教会に行ったら「知らん」と門前払いされた。歩き方の偽情報にいちいち腹を立ててはいけないよ、そういう本なんだから達観したまえ。文句があるなら素直にロンプラを読むことだ。なおツーリストインフォメーション様によれば、しまってる場合は向かいの警官詰め所に頼んで鍵開け人を召喚するのが正しいらしい。結局よくわからないが、たまたま鍵があいていたので猫のように滑り込んだら、一応中を見ることはできた。たしかに古くてカッコいい教会なのだけど、内装はボロボロで保存状態は良くない。これを見て感動しろというのは少し無理かも。14時に定時で教会を追い出され、そのままバス停に向かう。果たして15時過ぎにバス会社の乗用車が高速道路の脇にある雑貨屋のようなところまで運んでくれた。バスはその雑貨屋にだいたい20分遅れで来た。大陸時間バンザイ。
※世界遺産の正神女教会
(Author: Graciela Gonzalez Brigas, The church of the Holy Virgin of Ljevisa)
コソボは出国手続きが存在しなく、アルバニアの入国手続だけが存在した。しかもスタンプすら押してくれない(入国も出国も!)。さすがは国民全部がねずみ講に引っかかった国というか。なおアルバニア語のトイレはVC GRA(女性用)とVC BURRA(男性用)と表記されている。間違えると怖いアルバニア人のオバサンに怒られる。しっかり覚えよう。