「タビノート」下川裕治:第98回 値下げされたキャセイパシフィック航空

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 それは喜んでいいことなのか、悲しむべきことなのか。
月に1回のペースで、東京とバンコクを往復している。航空券運賃の動きには敏感になる。チケットはバンコクの旅行会社を通して買っている。担当者がこういった。
「キャセイパシフィック航空と大韓航空、アシアナ航空の日本路線の運賃がかなり安くなってきてますよ」
理由は政治的な問題だ。
 日本と韓国の関係が悪化している。それは観光客やビジネス客の動きにも影響を与えている。韓国と日本を結ぶ便の乗客が大幅に減ってきているのだ。それをなんとか補うための値下げ。バンコクから日本までの運賃を見ると、バンコクとソウルを結ぶ運賃で日本まで往復できてしまうあたりまで安くなってきていた。
 しかしバンコクとソウルの間の便は混みあっている。日本へ行こうとしていた観光客が、目的地をバンコクに変えたということなのか。
 香港は民主派のデモにはじまった騒乱である。香港に行く観光客が激減している。バンコクー香港、香港―東京のどちらの路線もすいている。値下げせざるを得ない状況になってきているのだ。
 スターアライアンス系のマイルを貯めているから、なかなかキャセイパシフィック航空に乗る機会がない。しかし僕はキャセイパシフィック航空のファンである。チェックインのスムーズさや乗り換えへの対応などがしっかりしている。ごてごてとしたサービスはないが、飛行機とは的確に乗客を運ぶもの……というポリシーに徹している。その感覚が気に入っているのだ。
 その運賃が値下げ。香港の現状を考えればつらいことだが、キャセイパシフィック航空を選んだ。そのとたん、気分が楽になる。やはり安心なのだ。日系の航空会社より僕のなかでは信頼度が高い。
 バンコクのスワンナプーム空港。キャセイパシフィック航空のチェックインカウンターに向かう。昔から思うのだが、バンコクのチェックインインのとき、キャセイパシフィック航空は、長い列に並んだ記憶がない。ほかの航空会社に比べ、スタッフが断然多いのだ。手続きも早いから、まず列ができない。
 そんな感じでさくさくと旅がはじまり、なにひとつ悩むこともなく香港の空港で乗り換え、東京に着いた。やはり楽な航空会社だと思う。香港のよさとは、実はこういうことだった。
 香港のよさを守るために香港人が頑張っている。その結果、香港への渡航者が減ってしまう。キャセイパシフィック航空もその皮肉に巻き込まれてはいるのだが。


乗客は少なくなかった。値下げが効いている?