下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治
東南アジアではエアアジアに乗ることが多い。路線や運賃、スケジュールを見ると、エアアジアはいちばん使い勝手のいいLCCに映る。しかし予約から搭乗という流れのなかで、ほかのLCCに比べるとストレスを多く感じる。なぜだろうか。以前から気になっていることだった。
3月の中旬、エアアジアでバンコクとカンボジアのプノンペンの間を往復した。
カンボジアに住む日本人の知人を訪ねることも用事のひとつだった。日本を発つ前、その知人の家から連絡があった。日本食をもっていってくれないか、という打診だった。ふたつ返事で承諾したが、受けとった荷物のなかに、高級そうな焼酎が入っていた。
「さて、どうしたものか」
実はすでにエアアジアの予約をすませていた。1泊2日の短い滞在である。預ける荷物は「なし」を選んでいた。しかしビール壜ほどもある焼酎は機内に持ち込めない。せっかくのプレゼントを断るのも忍びない。
バンコクのドンムアン空港のチェックインカウンターでそれを伝えた。
「預ける荷物はゼロにしましたが、ひとつあります」
小さなバッグにはプチプチと呼ばれる気泡緩衝材でくるまれた焼酎が1本。重さは1キロもない。スタッフは淡々と処理をして、「あちらのカウンターで支払ってください」と書類を渡された。
「1110バーツです」
「はッ?」
高かった。荷物ゼロで予約をし、当日、カウンターで荷物を預けると高くなることは知っていた。しかし1110バーツ、約3300円とは……。僕が買ったチケットは、片道2000バーツほどなのだ。その半分にもなってしまった。エアアジアを使った意味が、一瞬で消えてしまった。
こういう話を聞くから、エアアジアに予約を入れるときは神経を使う。予約時に申し込んだ重量以内で収めようと苦労する。今回のように、急に荷物が増えることもある。
エアアジアに対抗するノックエア、エアアジアとは袂を分けたバニラエアなどは、預ける荷物の無料化を打ち出している。ノックエアは15キロまで、バニラエアは20キロまでを無料で預かってくれる。これだけで、どれほど気が楽になるだろうか。
両社はエアアジアに対する利用者の希望を綿密に分析したのかもしれない。どのサービスを打ち出せば、アジアで最も大きなLCCであるエアアジアに対抗することができるのか。
そこで荷物に辿り着いたような気がする。
預ける荷物の有料化は、LCCの特徴でもある。その影響は大きい。LCCを利用する人たちの鞄が小さくなった。機内に持ち込むことができるサイズになってきたのだ。
そして利用客の荷物が減った。少しでも軽くしようという努力の結果である。
しかし荷物というものは、機内食を注文するか、しないか……といった自分の意思で決められない要素を含んでいる。1ヵ月前の予約が安いと聞かされても、その時点で荷物の量はなかなか読めないのだ。
やはり預ける荷物というものは、ある程度まで無料にすることが、人の発想に合っている気がする。
今後のLCCを考えたとき、これはひとつの流れのような気がする。LCC第1世代は、荷物の有料化を打ち出したが、第2世代の会社から、無料化に舵を切るところがでてきた。今後もこの流れは変わらない気がする。
これがLCCの進化に映る。