「タビノート」下川裕治:第24回 沖縄離島路線の「隔世の感」

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 関西空港を拠点にするピーチ・アビエーションにはじめて乗った。東京に暮らしていると、なかなか搭乗機会がない。
 台北から乗ろうとしたこともあった。ピーチは、台北と沖縄の那覇間にも就航していた。しかしその安さが魅力なのか、3ヵ月先まで席がなかった。
 5月に乗ったのは、那覇―石垣島の間だった。チケットを買いながら、
「隔世の感だよな」
 とひとり呟いていた。片道運賃が2500円ほどだったのだ。
 沖縄の離島にLCCの就航がはじまったのは2011年だった。那覇と宮古島の間にスカイマークが就航したのだ。最も安い航空券は片道2500円ほどだったが、それを確保するのは大変だった。しかし4000円台の航空券なら、比較的簡単に予約することができた。
 それまで片道1万円近い運賃を払っていたのだから、その安さは際立っていた。
 その後、この路線を飛んでいた日本トランスオーシャンと全日空が、大幅な値下げに踏み切り、激しい集客競争がはじまった。
 スカイマークは苦戦を強いられ、一時運休。それを見た日本トランスオーシャンと全日空が値上げすると、再びスカイマークが就航という露骨な競争が続いていく。
 そんな価格競争の蚊帳の外に置かれていたのが、石垣島の人たちだった。指をくわえて眺めつつ、新空港ができたら……と高い運賃を払っていたのだった。
 新しい石垣空港が昨年、ようやく完成した。滑走路は2500メートルまで長くなり、那覇を経由しない本土からの直行便も就航できるようになった。そしてピーチ・アビエーションが、那覇と石垣島間に就航し、2500円台の航空券が、比較的簡単に買うことができるようになった。那覇―石垣路線は、それまでの運賃の30パーセントほどになってしまったわけだ。
 2011年からはじまったLCCの乗り入れは、那覇と離島間の運賃をこれだけさげたのである。
 日本トランスオーシャンや全日空も当然値下げしてきている。激しい競争がはじまっているわけだが、こういう運賃の動きを耳にすると、これまでの運賃はなんだったのか、と思いたくなってしまう。
 沖縄の離島に暮らす人たちにとって、飛行機は生活の足である。船が次々に就航をとりやめたいま、中学生が那覇で開かれる部活の大会に出るためにも飛行機に乗らなくてはならない。これまで島の人たちの負担は大変だったのだ。
 那覇空港にはLCC専用ターミナルがある。貨物用の倉庫を利用している。メインターミナルからバスに乗り、LCCターミナルに着いた。ここを利用しているのは、ピーチ・アビエーションとバニラ・エアという、全日空資本のLCC2社である。
 建物のなかに入ると、チェックイン機械があった。そこにプリントしてあったチケットのバーコードを当てると、チェックインは終わってしまった。預ける荷物もなかったから、それで完了。実に簡単だった。