「タビノート」下川裕治:第35回 ドーンムアン空港は中国の路上か

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 バンコクのドーンムアン空港が、なんだか中国の空港のような雰囲気をもちはじめている。
 ドーンムアン空港は、バンコクのLCCターミナルの役割を担っている。タイエアアジアとノックエアという、タイを代表するLCCが拠点にしているからだ。この2社は国際線も就航させている。とくにタイエアアジアは、最近、中国路線を次々に開設している。北京や上海といった都市だけではない。中国の第2都市グループに路線を広げている。バンコクからエアアジア便が就航する都市は、北京、上海以外に次の都市がある。
 長沙、成都、重慶、広州、杭州、昆明、深せん、武漢、西安。北京と上海を加えると11路線にもなる。
 それに追従するかのように、オリエントタイというLCCも、中国への路線をチャーター便という形で就航させはじめているという。
 バンコクには、スワンナプームという既存の航空会社を中心にした空港がある。タイ国際航空や中国民航、中国東方航空、中国南方航空、上海航空などは、この空港を利用しているが、はやり北京、上海などが中心路線になる。
 そこへいくと、ドーンムアン空港は、地方の中小の空港に就航するLCCらしさがこの結果を生んでいるのだが。
列をつくることができない、ごみを床に平気で捨てる……などという中国人のマナーの悪さは、いまや世界中の人々が口にする。それだけ多くの中国人が海外に出ているという証でもあるのだが、北京や上海に暮らす人々は、「自分たちがどう見られているのか」ということに気づきつつある。そういう声だけを集めたサイトもあるという。
 しかし地方都市に暮らす中国人には、まだその感性がない人が少なくない。
 先週、バンコクからマカオまでエアアジアに乗った。朝の6時台という早朝便だった。
 ドーンムアン空港の国際線のチェックインカウンターは、目的地別に分かれていない。ということは、この中国人たちと一緒に並ばなくてはならなくなる。午前4時台となると、チェックインを担当するスタッフも少なく、長い列ができる。その朝は、長沙路線と西安路線もマカオ行き早朝便と同じような時間帯だった。中国人に挟まれるように列に並んだ。中国人は代表でひとりが列に並ぶということをよくやる。チェックインが近づくと、近くでカップ麺を啜っていたおばちゃんなどが次々に割り込んでくる。それも10人、15人といった数だから、さすがにこちらも不機嫌になる。欧米人のひとりが注意したが、英語が通じない。
 長沙行きの搭乗口では、中国人同士のけんかも起きた。10人ぐらいの団体だった。
 バスを利用する1階の搭乗フロアーで、搭乗口が横に並んでいる。マカオ行きもそのひとつの搭乗口だったが、いちばん隅から、おじさんとおばさんのけんか声が響く。なにごとかとそこでに待っていた乗客のほとんどが立ちあがるほどの激しさだった。あげくの果てに、掴み合い──。
「ここは中国の路上か……」
 つい呟いてしまった。

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バンコクの空港の両替銀行。英語より中国語が大きい