下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治
「これが最後かもしれない」
そんなことを考えながら、5時31分に東京駅を出発する成田行きのバスに乗った。エアアジア・ジャパンは10月26日で運航を終え、12月からバニラエアになる。
エアアジア・ジャパンの国際線は早朝便が多い。台北行き873便は朝の7時50分発である。10月20日。ひんやりとした空気のなかを、バスは成田空港に向かう。
エアアジアの国際線のチェックイン締め切りは1時間前である。ということは、6時50分には締め切り。バスが着くのが6時半頃。カウンターが閉まるまで20分しかないことになる。
チケットを予約しながら、少し考えた。5時31分に出発するバスでなんとかなるような気がした。これなら始発電車に乗っていけば間に合う。
バスは予定通りに着いた。エアアジアのチェックインカウンターには、長い列ができていた。少し後にソウル行きもあるためだ。その列についた。少しずつ進み、僕のチェックインが終わったのは6時55分。締め切り時刻は過ぎていたが、カウンターが閉まる様子はなかった。
手続きをしているとき、案内担当の男性が長い列に向かって声をかけた。
「台北行きの方はいらっしゃいますか?」
十数人が手を挙げ、優先チェックインの体制になった。おそらく全員のチェックインが終わるのは、7時15分ぐらいだろうか。
1時間前の締め切りとはいっているが、7時までに列につけばチェックインは受け付けてくれる感じだ。
セキュリティチェックにも長い列ができていた。成田空港のセキュリティチェックが開くのは7時なのだ。やはり列につく。なかなか進まない。セキュリティチェックの手前、パスポートと搭乗券を提示する所まで進むのに20分近くかかった。
僕の前にひとりの青年がいた。パスポートとプリントした用紙を差しだした。
「これではなかに入ることができません。厚紙の搭乗券でないと」
見るとエアアジアの台北行き。ウエブチェックインをすませ、その結果をプリントしていたのだ。そこにはボーディングパスとも書いてある。
これが曲者なのだ。このプリントを搭乗券として使う空港とチェックイン後に渡される搭乗券しか使えない空港がある。少なくとも、成田空港は後者。
青年は、「なにーッ」といった表情で、慌ててエアアジアのカウンターに踵を返した。彼は乗ることができたのだろうか。
イミグレーションを通過し、急ぎ足で搭乗口に着くと、飛行機に向かうバスに乗客は乗り込みはじめていた。
定刻出発。みごとというか、薄氷の定刻出発というか……。