「タビノート」下川裕治:第113回 大型機LCCでポストコロナ?

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する文章著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 2月から3月にかけ、タイに行ってきた。この連載はLCCを軸に、海外旅行の話を展開してきた。しかし海外への道がコロナ禍で閉ざされ、なかなか具体的な話ができなかった。
 利用したのは、ZIPAIRだった。かつてはにぎやかだった日本とタイを結ぶ路線も、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて減便が続いている。選択肢はそう多くない。日本航空、全日空、タイ航空……そしてLCCのZIPAIR。当然、ZIPAIRということになる。やはり運賃は安い。往復で3万8000円ほどだった。
 ZIPAIRは日本航空の完全子会社のLCCである。2020年5月の、まずバンコク路線の就航を予定していたが、新型コロナウイルス。就航延期を余儀なくされた。不運なLCCでもある。
 しかし減便が相次ぐなかで就航をはじめた。現在もほぼ毎日、バンコクと成田空港を結んでいる。収益は出ていないはずだ。ZIPAIRはポストコロナを睨んでいるということだろうか。
 しかし……。
 チェックインカウンターは閑散としていた。そもそもいまの成田空港は、使っているカウンターが少ない。無人都市になってしまったような免税品店のフロアーを抜け、搭乗口に向かった。そこも音ひとつしない静けさだった。
 搭乗時刻が近づき、周囲を見まわした。
「これだけ?」
 搭乗口の椅子に座っているのは4人だけだった。アナウンスが流れ、搭乗口に向かう。やはり4人だけだった。
 機内に入る。使っている機材はボーイング787だった。差席数は290を超える大型機である。通常、LCCというと、エアバスA320かボーイング737という中型機が圧倒的に多い。機材を燃費のいい機種に統一することはLCCのコンセプトだった。パイロットの免許問題でも機材の統一には意味があった。
 ZIPAIRはこれまでのLCCとは一線を画した方向をもっているのかもしれなかった。前方には、フルフラットになる座席が並んでいた。ビジネスクラスのLCC化とも映る。
 しかし乗客4人では、そのコンセプトも宝のもち腐れである。これだけすいた飛行機に乗るのは久しぶりだった。
 コロナ禍前なら、隣の席が空席だとわかると、「ラッキー」と思ったものだった。LCCは前後の座席間隔が狭いから、隣が空席になると、だいぶ楽なのだ。
 しかし乗客4人というのは、そういうレベルではなかった。3席を独占できる。
 LCCだから機内食は有料だった。注文はすべてメールで行う。機内でWi-Fiが使えるため、それを使い、ウーバーイーツのように注文するわけだ。これからのLCCのスタイルをとり入れていた。
 ZIPAIRは6時間ほどでバンコクに着いた。これがコロナ禍の旅ということだろうか。


乗客4人の機内……。これはこれで戸惑うものです