下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
コルカタの空港。正式名称は長い。ネータージー・スバース・チャンドラ・ボース国際空港。コルカタのイメージとはだいぶ違う新しい空港だ。
夕方便でバンコクに向かうことになっていた。ブッダガヤからの夜行バスは朝、コルカタに着く。いまのコルカタは渋滞がひどい。余裕をもって午後の飛行機を探したが安い便はなかった。選んだのはブータンのドゥルックエアー。片道1万5000円ほどだった。
出発3時間前。電光掲示板にチェックインカウンターの表示が出た。そこへ行くと、ジェットエアウェイズの搭乗手続きをしている。
「ドゥルックエアーのチェックインは?」
職員に訊いてみた。チェックしてもらったが、そのフライトが出てこないという。しかし電光掲示板には表示がある。このあたりで待つようにいわれた。
出発2時間前。なんの変化もない。国際線のチェックインカウンターを隈なく探したがやはりない。もう一度探そうか……。チェックインフロアーをひとまわりして戻ってくると、ひとりの男性職員が僕の名前を呼んだ。パスポートを渡すと胸ポケットに入っていた搭乗券をくれた。預ける荷物はなかった。
そのままイミグレーションに進むようにいわれた。
「チェックインカウンターはない……」
そんな航空会社はあるだろうか。
イミグレーションを通った。免税品を買おうとした。ところが支払いができなかった。搭乗券はあるのだが、支払い画面に乗る便名が出てこないのだと いう。
しかたなく搭乗口待合室に向かう。そこには誰もいなかった。しだいに不安が募ってくる。僕が乗ろうとしているドゥルックエアーは幻の飛行機ではないか。
そこで30分ほど待っただろうか。乗客はひとりも現れない。ますます心配になってくる。
そのときだった。僕に搭乗券をくれた男性職員とサリー姿の女性がやってきた。そして搭乗口のカウンターに立った。
「飛行機はくる」
しかし……。
搭乗がはじまった。そのときになってはじめてわかった。搭乗者は僕ひとりだったのだ。これまで数え切れないほど飛行機に乗ってきたが、はじめての経験だった。
搭乗者ひとりに職員がふたり。搭乗券の半券を受けとり、機内に進んだ。そこには20人ほどの乗客がいた。
ホッとした。飛行機はブータンのパロを出発し、コルカタ経由でバンコクに向かう便だった。
飛行機が到着した。心のなかで拍手を送る