「タビノート」下川裕治:第110回 崖っぷちの空港運営

Profile
shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する文章著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 YouTubeチャンネルを運営している。「下川裕治のアジアチャンネル」という。https://www.youtube.com/channel/UCgFhlkMPLhuTJHjpgudQphg
 協力してくれているのは、アジアに住む日本人の知人たちだ。彼らやその知人は、数こそ多くないが、日本との行き来がある。コロナ禍のなか、とりあえず日本に戻るという人も少なくない。
 アジアで観光業界にかかわっていた人たちは、いま仕事が少ない。ビザの関係で、簡単にアルバイトというわけにはいかない。日本に帰れば、そのあたりは自由になる。とりあえずのアルバイトでコロナ禍が落ち着くのを待つという構えだ。
 彼らからアジアの空港の動画が届く。それを観ながら、「ここまで寂しくなっているのか」と溜め息をついてしまう。
 成田空港の店舗は8割ほどが休業している感覚である。搭乗口に向かう通路も暗い。バンコクのスワンナプーム空港もかなりの店が閉まっている。透明のビニールシートが、シャッターのように店舗の前にさげられ、陳列棚には布がかぶせられている。
 飛行機の就航や乗客が戻ってくるまで、じっと息を潜めている……といった感じだ。空港内もしんとしている。
 しかし韓国の仁川空港は少し違う。カンボジアに帰るためにアシアナ航空を利用した知人は、免税品エリアを昔の朝鮮王朝の衣装を着て練り歩くパフォーマンスの映像を送ってきてくれた。
「王家の散策」というのだそうだ。国王や王妃、そして従者たちが免税フロアーをゆっくり歩いていく。一時に比べると、その列の人数が少ないような気がするが、仁川空港は、落ち込む空気をなんとか盛りあげようとしている。
 コロナ禍のなか、「頑張ろう」などという言葉を掲げるより、パフォーマンスを維持するほうが、乗客にはいいだろう……そんな発想は頼もしくもある。
 空港はもともと無機質な、機能を優先するエリアだが、「王家の散策」の動画を眺めていると、韓国の人たちの意識が伝わってくる。
 そこにあるのは、コロナ禍以前の、空港にかける意気込みの違いのようにも映る。大幅な減便のなか、世界の空港は、経営的には崖っぷちに立たされている。新型コロナウイルスは、そのあたりの意識を浮き彫りにしているようにも映る。


以前の仁川空港。「王家の散策」はイミグレーションを出たところの通路を歩く