「タビノート」下川裕治:第36回 いちばん大切なのは社員、二番目が乗客

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 今年最後の原稿という連絡を受け、1年の間に乗ったLCCを指折り数えてみた。
 国内ではジェットスター、バニラ、ピーチ、スカイマーク。海外では、エアアジア(マレーシア、タイ、インドネシア)、香港エクスプレス、タイガーエアウエイズ、ノックエアー、ベトジェット、ライオンエアー、スクート。
 数え漏れはないと思う。乗った回数でいえば、国内ではジェットスター、海外ではエアアジアになるだろうか。それぞれ10回近く乗っている。
 とくにこの2社が気に入っているわけではない。運賃がほかLCCに比べてとりわけ安かったわけでもない。LCCは競合路線になると、運賃の差がなくなってくる。やはり路線の多さと、便数の多さという点に行き着くだろうか。
 LCCという航空会社群には、ファンというものが生まれにくい。サービスというものを極力省いているわけで、比べる要素が少ないのだ。
「機内食がおいしい」とか、「客室乗務員が親切だ」などといった評価は、主に既存の航空会社にあてはまるもので、LCCでは大きなウエイトを占めない。比較の対象になるのは、運航時間の正確さとか、予約サイトのスムーズさなどといった点になってしきしまう。
 今年1年、30回以上乗った体験からすれば、運航時間が遅れることが、また多くなってきた気がする。昔のように3時間とか4時間といった遅れはないが、1時間程度の遅れがしばしば起きるようになってきた。これはアジアの今年の傾向に思う。
 そこにはさまざまな要因があるだろうが、予備機をもたず、ぎりぎりの運航スケジュールでこなすLCCは、少しでも気を緩めると、すぐに遅れにつながってしまう。
 LCCというと、遅れることが多いことが代名詞のような時期があった。LCCもこれを気にし、ずいぶん改善された。昨年などは、本当に遅れが少なかった気がする。
 アジアのLCC は難しい問題に直面しているのかもしれない。それはスタッフのモチベーションのような気がする。
 既存の航空会社は、そのサービスを競ってきた。地上職員や客室乗務員にしても、サービスの切磋琢磨があった。
 社員というものは、会社の収益があがることが給料に還元されるという構造のなかにいるが、日々の仕事のモチベーションを保っているものは、顧客の反応である。本当に喜んでもらえれば、やる気も出てくる。人間というものはそういうものだ。
 しかしLCCは、乗客へのサービスを封印しているようなところがある。それだから安いという構造がある。乗客も、安いのだから多くは望まない……という枠組みのなかで乗り込んでくる。
 そのなかでスタッフのモチベーションを保つことは大変なことなのだ。
 LCCの草分けでもあるアメリカのサウスウエスト航空も、この問題に直面したのだろう。そこで打ち出したのは、社員の家族主義だといわれる。経営者は、「いちばん大切なのは社員で、二番目が乗客」と明言する。
 この発想がアジアや日本のLCCに通用するのかはわからない。しかしなにかの手を打ちはじめないといけない時期に来ている気がする。