「タビノート」下川裕治:第45回 これもLCC効果?

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 1冊の本が今週、発売になる。『僕はこんな旅しかできない』(キョーハンブックス)である。僕のプライベートな話を中心にまとめているのだが、そのなかに、「食い詰めた日本人も帰国できるLCC効果」という項がある。
 フィリピンで聞いた話だ。
 フィリピンは優しい社会だから、金がなくなってしまった日本人を、なんとなく支えてくれるようなところがある。その男もそうだった。町の人が、わずかな金を渡して生き延びていたのだが、フィリピン人にしても、いつまでも……というのは荷が重かった。
「そろそろ帰らせたほうが……」
 そんな話は出るのだが、さすがに彼らも日本までの片道航空券を買う金はなかった。
 通常、犯罪に絡んでいないオーバーステイは、飛行機の切符をもって出頭すれば、とり調べを経て帰国することができる。国によっては罰金を科すところもあるが。
 そんな状況を救ったのがLCCだった。キャンペーン運賃である。LCCはときどき、千円を切ったり、ときに1ドル、さらに無料といったキャンペーンを行う。その航空券をゲットするには、かなり大変なのだが、フィリピンの町の人は頑張った。ついに千円を切る航空券を手にして、日本人に渡したのだという。この話をしてくれたマニラ在住の日本人はこういった。
「これもLCC効果でしょうか」
 そのゲラを手に、韓国に向かった。そして同じような言葉を耳にするのだ。
 その日、僕はビッグバンというKポップアイドルのコンサート会場にいた。2万人を収容する会場だったが、そのうち、5000人は日本からやってきたファンだった。
 それを見ていたソウル在住の日本人がこんな話をしてくれた。
「観光公社の人が話していたんですが、来てくれるのはうれしんですが、彼女たちは韓国にぜんぜん、お金を落とさない。LCCで来て、コンサートが終わると、さっと帰ってしまう。韓国料理も食べないんです。そういう人にKポップは支えられている。これがLCC効果でしょうか」
 LCCは旅を気楽なものにしてくれた。地方都市に暮らす人なら、東京へ行くのとソウルへ行くのは、運賃的に大差がない。人の流動化を一気に促したのだが、その人たちは、困ったことに金を落とさないタイプだった。
 LCCはそんな側面をもっている。LCCに乗ったとたん、節約モードに切り替わってしまう。浮いた差額でおいしいものを……といった発想は生まれてこない。
 観光収入という面からみれば、LCCは必ずしも恩恵をもたらさない面があるのだ。
 LCCは空の旅を変えた。同時に金の動きも変えつつある。