「タビノート」下川裕治:第4回 機内食の社会主義

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。
たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

機内食というものに、ルールがあるとは思っていない。だから僕は、出されたものは黙って食べる。さまざまな飛行機に乗ってきたから、許容範囲は広いほうだと思っている。
しかしこれはルール違反ではないか
……と呟きながら、機内食を口に運ぶことはある。
以前、北京経由でイスラマバードに向かうパキスタン航空に乗った。成田空港と北京の間で機内食が出た。ご飯に野菜カレー、サラダ、甘い菓子。
「やはり日本で口にするカレーとは違う」
とスプーンを動かした。
北京のトランジットの後、再びパキスタン航空に乗り込む。水平飛行に入り、しばらくすると、機内食が出てきた。メイン料理の器にかぶせてあるアルミホイルをはずした瞬間、目が点になった。成田から北京までの間で出されたものと、まったく同じだった。サラダも甘い菓子も……。
まずいなどといっているのではない。パキスタン航空のカレーは本格派だ。お替りしたいぐらいだ……いや、そういうことではない。トランジットを挟んだ前と後ろのフライトで、まったく同じ機内食を出していいのか、という問題である。
7月、中国東方航空に乗った。上海―大連間を往復した。行きの5669便は大連空港の濃霧の影響で欠航し、翌朝の便になった。
朝の7時30分の出発だった。機内では、ボックスに入った朝食が配られた。パンとケーキ、それになぜか袋に入ったザーサイという朝食が出た。ザーサイはパンに挟んで食べろということだろうか、と首を傾げつつ食べた。注いでくれたコーヒーは、昔ながらのミルクコーヒーだった。
大連から丹東をまわり、3日後、再び中国東方航空で大連から上海に戻った。
午前11時35分に大連を発つ5624便だった。機内食の昼食が出るはずだった。離陸してしばらくすると、3日前と同じ朝食のボックスが配られた。嫌な予感がした。
しばらくすると、ワゴンを引く客室乗務員が現れ、「チキンかシーフードか」と訊かれた。僕はシーフードを選ぶ。すると客室乗務員は、加熱し、アルミホイルをかぶせた器をテーブルの上に置いた。
「これは反則じゃないだろうか」
ボックスを開けながら呟く。それは3日前に食べたものとまったく同じ朝食だった。
──朝食ボックスにメインの料理を出して昼食にしてしまう。間違ってはいないような気もするのだが、引っかかってしまうのだ。機内食というものは、これでいいのだろうか。
中国にはさまざまな航空会社がある。そのなかで、独自の解釈で機内食を出す最右翼が中国東方航空である。手抜きではない。発想が社会主義なのだ。

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奥に見えるボックスが朝食です。そして全体が昼食です

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上海をハブにする中国東方航空。利用する日本人も多い