「タビノート」下川裕治:第93回 高嶺の花に乗らざるを得ない違和感

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shimokawa

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。旅行作家。新聞社勤務を経てフリーランスに。『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)でデビュー。アジアと沖縄、旅に関する著書、編著多数。『南の島の甲子園 八重山商工の夏』(双葉社)で2006年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞受賞。近著に『沖縄にとろける』『バンコク迷走』(ともに双葉文庫)、『沖縄通い婚』(編著・徳間文庫)、『香田証生さんはなぜ殺されたか』(新潮社)、『5万4千円でアジア大横断』(新潮文庫)、『週末アジアに行ってきます』(講談社文庫)、『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)がある。

たそがれ色のオデッセイ BY 下川裕治

 最近、しばしば全日空に乗る。東京とバンコクを結ぶ便が多いだろうか。本意ではない。全日空を嫌っているわけではないが、搭乗するたびに違和感を覚える。
 若い頃、いや50代の半ばまで、僕は日系航空会社とは無縁だった。1年に50回以上は飛行機に乗るが、日系航空会社にはほとんど乗ったことがなかった。理由は単純で、高かったからだ。
 とくに若い頃は、日系航空会社は選択肢から完全に外していた。「おそらく一生、乗ることはない」と思っていた。僕には縁のない高嶺の花のような航空会社群に映っていた。
「機内食は日本食しかダメなので」とか「日本語が通じない飛行機は乗れません」などという言葉を耳にすると、不愉快さも覚えた。そんなことをいっているから……といった感覚である。
 しかしそんな僕が全日空に乗るようになった理由はアメリカのユナイテッド航空に因るところが大きい。
 かつてアジアの足は、アメリカ系航空会社が安かった。そのうちに、マイレージプログラムがはじまり、自然の流れで、ユナイテッド航空のマイレージカードをもつようになった。
 ところがユナイテッド航空がアジア路線から撤退してしまう。正確にいうと、東京とアジアの主要都市を結んでいた路線から手を引いてしまうのだ。
 同時に世界の航空会社のグループ化が進み、ユナイテッド航空のマイレージカードをもっていた僕は、スターアライアンスに組み込まれていく。そこに全日空が含まれていた。
 しかし全日空は高かった。僕は同じスターアライアンスのアシアナ航空や中国国際航空に乗ることになる。
 ところがそこで運賃変動が起きる。アジア系の航空会社の運賃が高くなってしまうのだ。その結果、アジアの主要都市と東京を結ぶスターアライアンス系航空会社のなかで、全日空は最安値グループに入ってくる。タイ国際航空と同じような価格帯になったが、マイルの加算率をみると、全日空のほうが安かった。
 おそらくそれが、いまのアジアの経済環境なのだろう。アジア各国は経済成長とインフレの波に乗っているところが少なくない。日本より厳しい状態にある国もあるが、航空券運賃の足を引っ張らない。しかし日本の航空会社は、デフレの波に巻き込まれてしまっている。
 僕が全日空に乗る。それは日本にとってよくないことなのかもしれない。