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はじめに
tabinoteスタッフの田口です。
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リノから会場へ
8月26日、いよいよBurning Manの始まりだ。
前日は買い出しした荷物を整理して積み込むだけではなく、レンタカーのシートや床をビニールでカバーする作業が大変だった。
なぜこんなことをするかというと、車を砂漠に1週間放置すると室内まで砂が入り込んできてしまい、返却する際に高額な清掃料金を取られてしまうからだ。これはキャンプ内に経験者がいないとわからないことだった。
そんなわけで結局部屋に戻ったのは0時過ぎ、出発は5時ということであまり寝れなかった。
ここで位置関係を説明しておく。宿泊しているネバダ州リノは、サンフランシスコの北東約300kmの場所にある。そこからBurning Manの会場であるBlack Rock Cityまでは119mile(約190km)。Google Mapによると車で3時間程度と出るが、もちろん渋滞するのでもっとかかることを覚悟しておく必要が有る。
分岐点のFernleyという街まではフリーウェイで30分ほど、ここまではスイスイこれたが、ここから北へは砂漠の一本道。片側1車線なのでほどなく渋滞にはまる。
それでも7時ごろまでは動いていたが、陽が登り切る頃にはこの通りの大渋滞。
砂漠だーーー!!!!
途中ガーラックという街で休憩。Burning Man用のおもしろグッズとか売ってて気分も盛り上がる。
その後11時頃、舗装道から完全に砂漠に突入した時、一時的に渋滞も解消されたのでついはしゃいでしまい音楽ガンガン鳴らして爆走してしまった。
すると後ろからサイレンの音が、最初は気付かずそのまま飛ばしていたのだが、同乗者が「あれ、警察じゃない?」と気付き、バックミラーを見るとパトカーが猛烈な勢いで追ってくる。
これはヤバイと車を端に止める。警察官が2人すごい剣幕で近づいてきて窓をガンガン叩く。
ようするにスピード違反なのだが、車をすぐに止めなかったことで怒っているらしい。あわてて平謝り。免許証を見せて調書を取られる。
焦っていたので英語で住所や電話番号を申告するのに手間取ってしまい、一時はかなり険悪な雰囲気になったのだが、なんとかわかってもらい、最後はエンジョイと言われて解放。
結局30マイルオーバーで罰金は125ドルくらい。
支払はクレジットカードの番号を記入の上郵送ということだった。
みなさん気をつけましょうね。
気を取り直して車の列に戻る。砂漠に入ってからが長かった
3時間くらいほぼ動かず。20分に10mくらいののろのろ運転。
ようやく会場に入れたのは正午を過ぎていた。
まずは会場に入る前にチケットの交換だ。
Will Call窓口に並んでパスポートとクレジットカードを提示。
やったー!!チケットゲットだぜ!!!
これでようやく会場に入れる。写真を撮り忘れたが、入場の際に始めての人は入り口のベルを鳴らすという儀式がある。
「これであなたもブラックロックシティーの住人よ」と、ボランティアのおばさんにハグしてもらう。
ブラックロックシティーとは、Burning Manの期間中だけこの場所にできる架空の都市の名前だ。
会場に入ると次は5台の車で街中を走り、キャンプを張る陣地探しだ。
すでにこの時間になると、いい場所は取られている。インカム(携帯は電波が入らないので)を駆使して運良く良さげな場所を発見。
両隣のチームに挨拶して車をとめる。
ここで、テントを張る、車の間にタープを張る、食事を作るの3班にわかれてひたすら作業。
なんとか夕方には陣地を確保できた。
15人でテントを7張。
最初の夕食はバーベキュー。ほんとうまかったーー!!!
で、睡眠不足がたたってこの日はそのまま寝てしまった。
夜は冷えるが、想像していたよりはたいしたことなく、フリース上下を着て寝袋にくるまれば全然耐え切れるレベルだった。
ブラックロックシティーの朝
一夜明けて7時頃には起床。
この時間はまだ涼しいので周囲を散歩。歩いているだけでいろんな人から声をかけられコーヒーやビールなどを振る舞われ、さっそく「Give and Give」の精神を実感する。
会場マップ
中心にあるのが「Burning Man(略してマン)」と呼ばれるシンボルの人形。
その周囲に放射状にキャンプサイトが並ぶ形だ。
端から端までは徒歩1時間はかかる。やはり自転車が必要だ。
交差点にはこのような標識が立っている。
中心部のマンから放射状に伸びる道の名前は、時計の短針で表されており、マンの真下(南)が「6:00」通り、西(左)が「9:00」通り、東(右)が「3:00」通りということになる。
さらに、中心部から同心円状に走る道にはA,B,Cとアルファベット順の名前が付けられており、例えば「6:30のG付近」という感じでキャンプなどの住所を伝えることができる。
基本的にBurning Manでは金銭を介したもののやりとりは禁じられているが、唯一の例外は氷だ。
毎朝交代で氷を買いに行くのが、キャンプメンバーの役割だ。
氷売り場の近くにはセンターキャンプと呼ばれるテントが建っている。
中では人々が思い思いに楽しんでいる。
ステージも用意され、歌や踊り、ポエトリー・リーディングなどが披露されていた。
新聞やラジオも発行されている。これらはすべてボランティアが無償で行っている。本当に本気で街を作っているのだ。
以下次号。