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評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
貧乏ノマド独身。英語は苦手。好きな地域は中東の砂漠。元コミケスタッフ。コテコテの理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d/d.htm?member-j.html
コロナ禍以前、東京都区部で最も宿が安い地域は山谷(南千住)ではなく浅草であった。確か一泊1500円くらいだった気がする。
西成なぞに比べればまだまだ高いが、スカイツリーを隣にもつ東京有数の観光地なのだから、これは結構凄いことだ。
そして浅草の中でも、多分最も異界なのが地下街である。開業は現状日本最古の昭和30年。決して規模は大きくない。
通過するだけなら1分程度だが、コロナによる飲食店大倒産時代にあって、はやく書かないと無くなってしまうかもしれないから、急いで書いてみる。危機遺産ってやつだ。
入り口は何箇所かあるが、オススメは新仲見世通りにある口だ(逆からたどるなら銀座線浅草駅の地下改札左脇の6番出口方向)。馬道通り沿いにある「新」と書かれた看板が目印。
ちなみに地下街自体は馬道通りの下に作られている。通りから入って三軒目の左側に「地下鉄銀座線」と書かれた入口があって、蛍光灯もちゃんとついているし、見たところは普通の地下鉄の入口っぽい。だが降りていくと、どんどん古めかしくなる。階段の途中には店名一覧が貼ってあるが、飲食店の他にちらほらある「占い」とか「健康」とかの霊的系ジャンルがいい味を出している。
階段を降りきるとライトアップされたワンカップのお酒が一面にお出迎え。
左を見ると少し先で行き止まりである。天井はむき出しの配管で、いかにも浮浪者が住み着きそうな佇まいだ。
好奇心を抑えきれずに奥まで行けば、壊れた扉の向こうに謎の異空間が広がっていた。もともとこの地下道は馬道通りを浅草寺脇まで掘る予定だったのだが、資金難で中断してから半世紀以上放置されているという伝説がある。
事務所の看板によれば、ここを管理しているのは「浅草地下道株式会社」というらしいのだが、当然閉まっている。ホームページなど存在せず、Google検索に「もしかして: 浅草地下街株式会社」と言われてしまうくらい謎めいている。電話番号も法人番号もあるのだが。
新型コロナで緊急事態宣言が出ているさなかであるし、店はすべて休業。ボロい地下道がなお一層パワーアップし、まるでゲームに出てくる「モンスターに襲われた街」みたいになっている。剥き出しの天井配管に、誰もいない通路、あちこちに貼られた「就寝厳禁」「座り込み・寝込み禁止」という看板、謎のステッカーがベタベタ貼られた非常ベルなどなど、廃墟以外の表現が見つからない。看板には「浅草地下街管理委員会」と書かれ、先程の株式会社の文字はない。もう管理主体さえ謎めいている。
加えて一層の怪しさを出しているのが閉店した霊的系ショップの数々である。効果絶大らしい電気気功は看板が通路に立ったままで時が止まっている。鎖で封印されたかのような扉に「あなたの霊的姿を描きます」なんてホラー以外のなんでもない。そこに虹色の感染防止徹底宣言が貼られているカオス感は形容しがたいものがある。
「一流技術者」と書かれた理髪店はかつて700円だったしいが、明らかに違うフォントで800円に上書きされている。一流技術者なら……フォントを似せる努力はしてくれ……。
ちなみに看板の下に貼られているのは9条ダンスと漂流で有名なピースボート。
飲食店もなかなかいい味を出している。350円焼きそばで有名な「福ちゃん」は、割れた看板に垂れた配管でダンジョン感が激アップだ。
タイ屋台メシ店も、赤字で上書きされた緊急事態宣言の期日に悲哀が漂う。もともとゴールデンウィーク明けまで休業予定だったのが5月末に延長され「6月1日から元気に営業」だったはずが、この写真を撮ったのは6月も中旬になっている。
約80mで地下街は終わり。地下鉄銀座線の看板の向こうはキラッキラに明るい東京メトロの世界だ。異世界はあまりに短く濃い。この駅直結ダンジョンが遺されることを願ってやまない。