バルカン半島訪問記1 -ベオグラード-

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評論同人誌サークル「暗黒通信団」の雑文書き。
貧乏ノマド独身。英語は苦手。好きな地域は中東の砂漠。元コミケスタッフ。コテコテの理系。自称高等遊民。
詳しくは http://ankokudan.org/d/d.htm?member-j.html

蘇州号に乗ったとき、たまたま船の中で一緒になったセルビア人が「ベオグラードは物価安いよ」と言っていたのが気になって気になって、夜もぐっすり安眠だった。そんなわけで数回に分けてバルカン半島の話を書いていきたいと思う。第一回はそのベオグラード。アルファベットでの綴りに2パターンがあって(Beograde, Belgrade)検索するとき困っちゃう街だ。

何だかロシアの街みたいな名前だが、セルビア共和国の首都である。ブルガリアとルーマニアの西、ハンガリーの南くらい。ブルガリアやルーマニアよりも西欧に近いのだから、もっと発展してるだろうと思うのだが、それは微妙かもしれない。本誌の読者層がどんな年代かは全く分からないが、30代以上くらいなら「コソボ紛争」を覚えているかもしれない。その舞台となったのが旧ユーゴスラビア連邦共和国である。スラビアというくらいなのでスラブ人たちの領土であり、つまりキリル文字が踊っている地域だ。セルビア共和国はユーゴスラビア連邦共和国の成れの果てである。

ベオグラードの空港はニコラ・テスラ空港という。この名前を知らない理系はモグリだ。エジソンと同時代の人で、交流電気に関する様々な発明をした人である。テスラコイルが一番有名だろうか。現在では当地の紙幣にもなっている。科学者が空港の名前になってるなんて素敵な国だと思う筆者は理系である。ときは9月後半。乗客が入れ墨だらけで楽しかったが、この空港、なかなかシュールでよかった。空港なので写真を撮れないが、手荷物レーンの口が自動車の後部になっていて(何かの広告らしい)拾われなかった荷物はクルマの荷台に吸収されていく。微妙にダサくて笑える。

いつものことだが、お仕事の合間にちょっと寄り道しているので、滞在時間が厳しい。ベオグラードに許された滞在時間はわずか数時間だ。ATMで現地通貨をおろし、空港を出ると爽やかな風が通り抜けた。「ああ、いい街だな」と思う。外に出れば車が溢れ、人は公園でくつろぎ、子どもたちは跳ね回っている。空爆ばかり有名だが、現在は全く問題ない平和な首都に見える。日曜だからか、謎の音楽フェスタや結婚式もやっていた。字は読めない(一応アルファベットと対応させられるので全く無理というわけではないが、脳に変な負荷がかかるのは確か)が、英語は通じるらしい。
ベオグラード中央駅

ベオグラードで外せない観光物件は「ニコラ・テスラ博物館」である。空港に名を冠されてる有名人の博物館はマスト。空港から市内へ向かうバスは、中心部の長距離バス停と鉄道駅を越えて坂をのぼり、終点の広場についた。キリル文字で読めない地名をなんとかねじ伏せ、「地球の歩き方」とにらめっこして場所を把握。なんせスマホなんて便利なモノは持っていない。旅の大きな荷物をひいて坂を登っていけば、ほとんど回り道もなくすんなり博物館についた。

この博物館は実演展示が素晴らしいので紹介しておこう。テスラ氏は交流電気の研究者だったが、交流というのはだいたい電圧が高い。発電所から50万ボルトとかの超高圧送電線を通ってくるのが交流だ。そんなものを実演展示するのはさすがに危険だから、見学もツアー形式になっていて、係員氏が英語で解説しながら、まるでマッドサイエンティストの実験みたいな放電バリバリを淡々と演示してゆく。
ニコラ・テスラ博物館説明員

単なる演示にとどまらず、参観者に蛍光管を持たせて「はいスイッチ入れますよー」といって全員の蛍光管が光るさまは、スリルもあって圧巻だ。日本でも大学の文化祭とかでやっているネタだが、本場テスラ博物館でやられると(スケールと)インパクトが違う。なんせ係員氏が準備の電源を入れると館内全体にガゴォンという音が響いてどこかで巨大モーターがまわりだし、徐々に音が高くなっていく。いかにも旧世界の巨大兵器を起動しているみたいで半端なくかっこいい。そしてエネルギー充填120%になって発射準備完了ともなれば、全員が配られた蛍光管を、各人まるで三銃士が誓いをたてるみたいに上に突き出す。するとあら不思議、色とりどりに光るのだ。
レーザーブレード!

他にもワクワク感いっぱいの博物館だが、交流展示の説明はちゃんとやると複素数とかが出てきて面倒なのでパスしたい。博物館を一通り堪能して、空港バスの広場に戻り、坂を下って次は長距離バス停に向かう。何といってもチケット買わなきゃ。

この坂の途中に、有名なNATOの空爆跡ビルなんかがある。時の政権がコソボに侵攻(といっても自国領内なんだけど)した罰としてNATO様に爆撃されたわけだが、いまだに根に持っているらしく、わざわざそのままにして観光物件にしているわけだ。道端にあるし、ガイドブックにも載ってるし、入場料もないから、みんなバシャバシャ撮ってるかと思ったら、そもそも道を歩く外国人は自分しかいなかった。
NATO空爆跡

何というか欧米人は自己否定されるのがよほど嫌なのか、こういう嫌がらせを敢えて甘受する根性はないらしい。通りには観光客の代わりに治安部隊様が溜まっていて、カメラを出すと「なんだおまえ?」みたいに怪訝そうに見られる。治安部隊様だから治安はばっちりだが、居心地は悪い。NATOの空爆跡を後生大事に見せているあたり、相当アメリカが嫌いなのかと思っていたが、実はマックも繁盛しているし、クレジットカードも使える。そのあたりはガチ反米ではないらしい。ただしこのマック、生ユーロは使えず現地のディナール通貨しか受け付けない。ついでに物価だが、ミネラルウォーターが1.5Lで60円くらい。アラブほどではないが安い。隣国との関係で言えばギリギリユーロ圏ギリシャの半分くらいか。

長距離バス停まで来たものの、当初予定していたバスはないと言われて困惑した。あとの予定が狂うのだが、何とかなるだろうと楽観視して2時間後のバスを予約。ちなみにこのあたりの長距離バスはネットでだいたいの時刻表を検索できる。仕方ないので観光の続き。ベオグラード市中心部の主要交通機関はトラムだ。なかなか風情ある路面電車だが、運賃の払い方が分からない。どうもトークンのようなものがあるらしいのだが、買い方すら分からないまま無賃乗車を繰り返すことになった。それでも、いいよいいよと意に介さない運転手はなかなかの好人物たちである(ヨイショ)。
トラム

ベオグラードの有名観光物件は城塞公園だ。トラムを降りて石畳をあがっていけば、北の丸公園みたいに、城塞の中にテニスコートとかの施設がある。
城塞公園入口

オモチャみたいな戦車も飾ってあったりしてややカオス気味。
謎の戦車

通路が石畳でアップダウンがひどいから、大きな国際仕様の荷物をひきずっているとヘトヘトになる。だいたい普通はこういうのは宿に荷物をおいてやることだ。城塞公園には午後の光を浴びてリラックスする現地の猫的ピープルが多数くつろいでいて、犬と一緒に寝ていたりする。ジョン・ロックのいう自然状態とはこういうものであるのかと感慨深い。自分も概ね猫的であるが、犬と寝る趣味はないので、そのまま城塞から降りていくと、聖水をくれるという教会があった。
聖水をくれる教会

面白そうだと思うので行ったらちょうど結婚式をやっていたので、笑顔全開で写真を撮ってみる。
教会の入口ではバイトらしきシスターたちが町内会のイベントみたいに和気あいあいと水をペットボトルに詰めていた。そしてなんとそれが例の聖水であった。ありがたみないなーと思うが、とりあえずくれと言ったらくれたので良しとしよう。寄付を要求されたので20円相当の硬貨をプレゼント。ちなみに半年たったがまだ開けていない。モンスターに襲われたらぶっかけようと思っている。隣国ルーマニアにはドラキュラ城もあるから、そちらに向かう人には必須アイテムだ。
これが現代の聖水

そんなこんなで自然状態を満喫しすぎ、長距離バス停には全速ダッシュで戻る羽目になったのだった。